引用を繰り返されるうちにどんどん格好良くなっていく

homo sum: humani nil a me alienum puto. (TER. Heaut. 77)

「我は人間。人間的なものにして我に無縁なるものはなしと思う」

という訳は:中井久夫、松田浩則『古代ローマの言葉 コレクション<知慧の手帖>10』紀伊国屋書店、1996, p.21.

「人間は平等である」という標題のもとにまとめられた名句の中に上の引用が有りました。

典拠は紀元前2世紀のテレンティウス『ヘアウトン・ティーモールーメノス』(我とわが身を苛むもの・自虐者)の77行。

これを読んで世間の人はなんと思うかな。ローマにテレンティウスという哲学者がいて、なんだか恰好良いことをいろいろと言っているんだろうな、なんて思うんじゃないでしょうか。『我とわが身を苛む者』なんていうタイトルもなんだかすごく高尚そうな感じがします。ちょっと笑いの入る余地が無さそう。『我とわが身を苛む者(笑)』なんて書いたら不謹慎な気がしてしまいますね。

余談ですがネット上で、(笑)をつけると萎える題名を探す、という遊びがあったのです。

太宰治『人間失格(笑)』

ゼーレン・キエルケゴール『死に至る病(笑)』

ヒョードル・ドストエフスキー『白痴(笑)』

マロー『家なき子(笑)』

ツルゲーネフ『初恋(笑)』

ニーチェ『この人を見よ(笑)』

閑話休題。ところが『我とわが身を苛む者(笑)』はわりと元のテクストに沿っているかもしれません。なにしろテレンティウスは別に哲学者なんかじゃない。喜劇作家です。もっとも優れた喜劇作家は大抵はふつう哲学者なんかより知的なものですから、テレンティウスをこき下ろしているのじゃありません。いずれにしても上の引用は「喜劇」の一場面、セリフの一部なのです。

どういう経緯でこんなことを言っているのか。

ある男は隣人の奇矯な(というよりくそ真面目な)振る舞いが気になってならない。貴族のくせに奴隷も差配も使わないで、なにやら自ら鍬を振るって、汗を振り絞っている。なんだってあんなことやっているのか。気になる。聞きたい。教えてもらえないかな。

かたや「我とわが身を苛む者」の方(上に言う「隣人」)は息子の結婚をこころよく許してやらなかったらヨリにもよって激戦地に出征しちゃって「俺がバカだった、許してやれば良かった」ってんで「我とわが身を苛んで」いたわけです。ところが実は息子の方はとっくに「内地」にもどっていて……

まあこういった筋の「誤解とすれ違い」「深刻ぶった貴族と茶々を入れる食客や奴隷」「放蕩息子の恋と分からず屋の父親」というローマ喜劇の定番で話は進むのですが、そこで問題のセリフが出ます:

「我は人間。人間的なものにして我に無縁なるものはなしと思う」

このセリフ、上で出てきた「我とわが身を苛む」隣人に興味津々の男がなんとか話を聞き出そうとしている場面で出てくるんですね。(以下、いま原テキストなしで記憶で書いてます)

「ねえ、なんでそんな要らぬ苦労をワザワザしてるんですか」

「いいんだ」

「なんか訳が有るんでしょう? 教えて下さいよ」

「ほっといてくれないか」

「いいじゃないですか、お隣さん同士でしょ。教えて下さいよ、えい(鍬をとりあげる)」

「なにをするんだ。うるさいなあ、もう、あんたに関係ないでしょう」

「我は人間。人間的なものにして我に無縁なるものはなしと思う」

と、まあこんな文脈です。私ならこう訳すな。

「私も人の子。人にかかわることならなんだって関係ないことはないじゃないですか」

要は物見高いおっさんが、深刻ぶったお隣のおじさんから、なにを悩んでるのか興味本位で聞き出そうとしている場面に過ぎないんですね。おせっかいなんですね。他所事だからって聞きたくって仕方がないんですね。それが文脈から切り離されて、引用句辞典にも載り、微妙な訳の色付けも徐々にしかつめらしくなっていき、引用の引用が繰り返されていく間に「我は人間…」になってしまう。

なにかと深刻ぶった貴族のお歴々を茶化して回るのがローマ喜劇の奴隷の役どころですから、ついわたしも茶々を入れてみたくなってしまったまでです。関係各位、御寛恕のほど願います。特にこの言葉を座右の銘としている人がいたりすると、ある意味ご迷惑をお掛けすることになるのかも。

でも名句の類って原典の元のコンテクストにあたると、結構身もふたもないものが多いのではないかという気がします。ゲーテの最期の言葉「もっと光を」だって、単にカーテンを開けてくれと頼んでいただけだという話がありますし。これは知りたくなかったです、個人的には。(だからこそひとには言ってみたくもなるわけですが)

あ、ちょっと手元が暗いなあと、思ったら、そんな時に「メア、リヒト」と言ってみる。人生、啓蒙 (enlightment) の機会には事欠きません。

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Published in: on 2010/06/19 at 16:30  引用を繰り返されるうちにどんどん格好良くなっていく はコメントを受け付けていません。  
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