重複のある地名、補遺

かつて「由来を失ってどこまでも重なっていく言葉」の項で、地名における意味の重複について触れた。今回の記事はその補遺である。

「意味の重複」についてネット上に流通している結構有名なコピペがある:

  • 「ボリショイ」とはロシア語で「大」と言う意味。つまりボリショイ大サーカスでは「大大サーカス」
  • チゲと言うのは「鍋」と言う意味なので、チゲ鍋では「鍋鍋」
  • クーポンと言う言葉は「券」と言う意味なので「クーポン券」では「券券」
  • 襟裳(えりも)はアイヌ語のエンルムからきていて意味は「岬」の事、つまり襟裳岬は「岬岬」
  • フラダンスの「フラ」とはダンスを意味する言葉なので、フラダンスは「ダンスダンス」
  • スキーという言葉は元々ノルウェー語で薄い「板」を差す言葉なので「スキー板」では「板板」
  • アラーの神と言う言葉、「アラー」とは「唯一神」の事なので「神神」
  • イスラム・シーア派の「シーア」は派閥という意味で「シーア派」は「派派」
  • トリコロールカラーと言う言い方「コロール」がカラーの事なので「3色色」
  • サハラとは「砂漠」の意味なので「サハラ砂漠」では「砂漠砂漠」
  • ガンジス川のガンジスとはサンスクリット語の川という意味の英語読み、つまりガンジス川は「川川」
  • ナイル川のナイルも川。インダス川のインダスも、タイのメナム川のメナムも、チベットからインドシナ半島のメコン川のメコンも、中国~シベリアのアムール川のアムールも、すべて川という意味で「川川」

「ボリショイ・サーカス」なら聞くが「ボリショイ大サーカス」なんて言っている人いるのだろうか。幾つか、いわゆる「藁人形があげつらわれている状態」になっている節も感じられる。「チゲ鍋」は聞いたことはあるような気もするが、「キムチ・チゲ」とか「カルビ・チゲ」とか、「チゲ=鍋(煮込)」という連想は割と広まっているような。

また「アラーの神」という言い方は歴然と古い。宗教的な理由で駆逐されつつある用法といえるかもしれない。

しかしフラダンスとかサハラ砂漠というのはもはや、そうとしか言わないというぐらいに定着していると言っていいだろう。

頭書の前記事でもふれたように地名というのは、とりわけ意味の重複が起こりやすい内的条件を持っている。語構成要素に外国語由来の部分があると重複地名となりやすい。上の記述の中の地名にかかわる部分を跡付けてみた。

「川川」シリーズの語源学:

  • ガンジス川は「川川」:ガンジスとはサンスクリット語の「川」(ガンガー : गंगा)。
  • ナイル川は「川川」:ナイルとはアラビア語の「川」( النيل‎ : an-nīl)。
  • インダス川は「川川」:インダスはサンスクリットの「川」(インダス : सिन्धु ; ギリシャ語 : Ινδός)。国名インドの語源でもある。
  • タイのメナム川は「川川」:メナムはタイ語の「川」(メーナーム : แม่น้ำ)。
  • インドシナ半島のメコン川は「川川」:メーは上記メーナームの短縮語で「川」、コーンについては諸説あり。
  • 中国~シベリアのアムール川(黒竜江)は「川川」:アムールはロシア語の「川」(Амур)。

襟裳岬については保留としておく。

襟裳(えりも)はアイヌ語のエンルムからきていて意味は「岬」の事、つまり襟裳岬は「岬岬」

とのことだが、アイヌ語の「エンルム en-rum 」は「突き出た頭」 (wikipedia/jp : 襟裳岬) と一般にされている。曰く(ウィキペディア:s.v.):

地名の由来はアイヌ語の「エンルム」(突き出た頭)または「エリモン」(うずくまったネズミ)など諸説ある。

このエンルムを直に「岬」の意味とするのは若干の牽強付会とならないか。「突き出た頭」の「岬」で「エリモ岬」ならば特段の重複は無い。

もとより北海道はほかにも、たとえば様似に「エンルム岬」があり、室蘭に絵鞆岬がある。これら(特に前者は一目瞭然だが)は襟裳岬と同語源でエンルムに遡る見解がある。岬をアイヌ語でエンルムと称することには傍証がある訳だ。しかしこのことからただちに「エンルムはアイヌ語の『岬』である」ということにはならない。むしろ「アイヌ語では『岬』のことを『出っ張った頭』と言っていたのだ」とする方が自然ではないかとも思える。

こういう発想はちょっと安易かもしれないが、様似のエンルム岬をイメージ検索してみると、これは「出っ張り頭」としか言えない様子をしていて、私は笑ってしまった。

そもそもアイヌ語では岬やら峠やらを「人体の部分」名称で呼ぶことが多いという。佐藤和美氏「北海道のアイヌ語地名」(「言葉の世界 」の一コーナー)の簡明な説明から抜粋してみると(引用にあたり原文の改行を取り、箇条書きに):

「鼻」はアイヌ語で「エトゥ」etuである。[中略]尾岱沼の語源は「オタエトゥ」ota-etu(砂の岬)。

「あご」はアイヌ語で「ノツ」notである。能取岬は「ノトロ」Not-orで、「岬の所」という意味である。納沙布(のさっぷ)岬も野寒布(のしゃっぷ)岬も語源は同じで、「ノツサム」Not-sam(岬のかたわら)が語源である。

江差、枝幸[中略]の「エサシ」も岬である。「エサシ」は「エサウシ」で、これの詳しい意味は e(頭)+sa(浜)+us(につけている)+i(もの)になる。

襟裳岬の語源は「エンルム」enrumである。これも岬の意である。「エンルム」の詳しい意味は en(突き出ている)+rum(頭)である。[中略]

このようにアイヌ語の「岬」には多くの場合、人体名称がつけられているのであった。これは古い時代のアイヌのアニミズム的な考えが地名に反映しているのかもしれない。

佐藤氏の解説は慎重だが、このあたりが穏当で正解であると思える。

もともと身体名称(体の部分、人体とは限らない)はあらゆる言語で基本語彙となりやすく、語義の比喩的拡張が容易におこって森羅万象のあらゆるものに適用されるのだ。最近の言語学用語でいえば身体名称は比喩元(ソース・ドメイン)になりやすく、森羅万象をターゲット・ドメインとするのである。「包丁のアゴ」とか、「車の尻」とか、どの言語でも断りもなしに直訳してもたいてい通じるだろう。

そんなわけで私の暫定的な結論としては「襟裳岬」は「岬岬」ではない、としておきたい。語源論は細かいところでこじつけが侵入しているものがたいへん多い(特に「民間語源」という)ので、語源同定には注意が必要だ。「突き出た頭」の「岬」と解釈できるなら、特段の意味の重複は無いことになる。

そもそも「みさき」という語自体が、「〜崎」の「さき」と同様に「先(さき)」に由来するだろう(み[水=海]+さき[先])。したがって重複があるとすれば、そちらの方だ。つまり「襟裳岬」は「先っぽの先っぽ」だ。

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Published in: on 2011/09/15 at 16:19  重複のある地名、補遺 はコメントを受け付けていません。  
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