音の増減、転倒をめぐる修辞用語

語中の音が増えたり減ったり、入れ替わったりすることを修辞学・言語学の用語としては何というか。

普通はレトリック用語辞典などに全部まとめられているのでそちらを見れば足りるのだが、こういうものはアルファベティカルに並べるよりは、事項別に整理した方が良い。

それで以下のように整理した。表中ではフランス語の修辞用語で表記、語源のギリシャ語を付したが、そもそも各国語にたいした異同はない。(「語末音」は「語尾音」とも)

語頭 語中 語末
音の添加 語頭音添加prothèse

πρόσθεσις

語中音添加épenthèse

ἐπένθεσις

語末音添加paragoge

παραγωγή

音の喪失 語頭音喪失aphérèse

ἀφαίρεσις

語中音喪失syncope

συγκοπή

語末音喪失apocope

ἀποκοπή

音位の転倒 音位転倒métathèse

μετάθεσις

形式的にはほぼ同じ現象を「一語の中での位置」によって言い分ける際に、相互に用語の統一が行われていないという点が興味ぶかい。

「添加」に対しては -θεσις(仏:-thèse 英:-thesis)とい語尾が目立つが τίθημι「置く」の名詞化だからこれは当然。かたや「喪失」については -κοπή(英仏:-cope)、これも κόπτω「打つ(切る)」の名詞化だからこれも当然。paragoge と aphérèse において語構成を変えた理由は何だろうか。つまり *ἀπόθεσις (apothèse) とか *προσκοπή (procope) とかいった形に訴えなかった意味はあるのか。παραγωγή は本来は「語尾を足して派生語を生成すること」、ἀφαίρεσις はフランス語文法にいわゆる「エリズィオン」のことであろうから、いずれも文法用語としてあらかじめ定着していたものがあって、それが修辞用語に転用されたのであろう。

[上の * 付きの単語は「実際の文証がない想定語形」を意味するが、今試みに google で検索をかけてみたらヒットが結構ある。適当に作ったのに]

ところで syncope の語源について、ネット上に見られる記述によれがあるので指摘しておく。syncope を検索してみると、 wikipedia/wiktionnaire と Google dictionary を中心に、語源として συγχοπὴ とか συνκοπὴ という語形に差し向けていることがわかる。語末のアクセント記号に注目。こうした語形がバリエーションとしてはどこかに出てくるのかもしれないが、一見この形は奇妙な気がする。

今手元にギリシャ語の辞書はないがリデル・スコット・オンラインでは συγκοπ-ή となっている(Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek-English Lexicon : s.v.)
ガフィオ羅仏でも συγκοπή が語源と指定されている。つまり私が信用する辞書(オンライン含む)には συγχοπὴ とか συνκοπὴ という語形を見ない。加えて上に触れた συγχοπὴ とか συνκοπὴ という語形を掲載した記事はいずれもロマナイズとして sygkopè と読んでおり、この読みもやや怪しい。wikipedia / Google のクローンが誤情報を瀰漫させている可能性がある。どちらの「語」を検索してみても、上で私がいい加減にでっち上げた *ἀπόθεσις や*προσκοπή ほどのヒットも無いところを見ると、συγχοπὴ とσυνκοπὴ は、ウィキペディア(およびそのクローン)にしか存在しない単語なのかもしれない。後者 συνκοπὴ など 38 例(2011年09月調べ)しかネット上にないのだ。しかもその大半は辞典・事典の項目である…… 辞書にしかない言葉…… ボルヘスが喜びそうだ。無責任なようだが、こうした誤情報には消えうせて欲しくない気もする。

例:

語頭音添加:

  •  ギリシャ語 σχολή > ラテン語 schola > 中世フランス語 escole > フランス語 école [※フランス語では、語頭の /s/ が(見かけ上)脱落した代わりに /e/ となる例は大変多い]
  • ロシア > 日本語:おろしあ[※語頭 r 音(和語に現れない)の忌避のための語頭音添加か?]
  • 馬 /ma/ > /mma/ > 日本語:うま;梅 /*muei/ (?) > /mme/ > /ume/ > 日本語 うめ(古語では「むめ」とも)[※語頭鼻音を母音の添加で補強したものか?]

語中音添加:

  • 英語の複数形 s 付加の際に、語末音が「歯/歯茎摩擦音( /s/ /z/ と同類の音)」の場合は母音字 e /i:/ を挿入して s は順行同化で有声化 : bush > bushes [*bushs]
  • 英語の過去・過去分詞形 ed 付加の際に、語末音が「歯茎/反り舌破裂音(/t/ /d/ と同類の音)」の場合は母音 /i/ を挿入して d は順行同化で有声化 : load > loaded [※上記二点は英語学に通じない筆者の共時的分析に過ぎない。通時的にはもっとデリケートな説明が必要になるはず]
  • 観音(かん・おん) > かんのん[※前部末尾の閉鎖音が「わたり音」となって残存する]
  • 「るる・らるる」「れる・られる」の「ら」
  • 「す・さす」「せる・させる」の「さ」

語末音添加:

  • ギリシャ語 Περγαμηνός > ラテン語 pergamīna > 古フランス語 parchemin > 英語 parchment
  • フランス語 ancien > 英語 ancient
  • 古フランス語 son > 英語 sound [※英語には語末に子音を置く(特に /t/ /d/)という添加例が多い。スペイン語 sonido も同様か?
  • 日本語:外来語の子音語尾に母音を添加する (strike > [jap.] su-to-ra-i-ku) 例は多いが、これは語尾音添加と名付けることはできない。むしろアルファベットとアブギダの対立による現象であろう(日本語表記体系は子音終わりを想定しておらず、発音も同様)。
  • 特に幼児語で、一音節語を支えるために同音一拍を足す例は語末添加にあたるか:葉 > はっぱ;手 > おてて;目 > おめめ・めんめ
  • 特に女房詞で、忌み語を一文字に省略した上で、同音1拍(以上)を足す例:さけ > さ > おささ;カツオ > か > おかか;香(漬物の意) > こうこ
  • 同じく一文字語について、関西方言で母音を伸ばして一モーラ添加する例:血 > ちい;手 > てえ

語頭音喪失:

  • ギリシャ語 episkopos > 俗ラテン語 ebiscopu > 英語 bishop
  • 日本語 いばら > ばら
  • いづれ > どれ
  • いだく > だく

語中音喪失:

  • ラテン語 verecundia > フランス語 vergogne(恥)[※現代フランス語としては稀な語。sans vergogne「厚かましくも」という古い表現ぐらいでしか使わない]
  • 格好(かっこう)いい > かっこいい;

語末音喪失:

  • 俗ラテン語 lupum > フランス語 loup(オオカミ)

フランス語の単語では枚挙に暇がない。というよりもほとんどのフランス語主要語彙はラテン語のアポコープである。

  • Télé, Radio, Prof, etc. [※フランス語の例だが、世界的に同じことは引きも切らない。総じて、こうした音の増減転倒は話語では膨大なバリエーションを持つことになり、検討する際に問題の切り分けが難しい]

音位転倒:

  • asterisk > 英語 asterix ;
  • 新(あらた)し > あたらしい
  • しだらない > だらしない
  • 舌鼓(したつづみ) > したづつみ
  • 山茶花(さんざか) > さざんか

補遺:

Length の /k/ は語中音添加か?

progressive 英和、epenthesis の項に例として「length 〔leŋkθ〕 の 〔k〕 など」とあるが、この記述は正確か? 単に long の /ŋ/ が名詞化したときに遡行同化を起こした(鼻音生を失い閉鎖音化した)だけではないか?

補遺2:

「春雨(はるさめ)」の /s/ は語中音添加か?

日本語 wikipedia 当該項目 (http://ja.wikipedia.org/wiki/音挿入) では「春雨」を語中音添加の例としている:

例えば、「はるさめ」/harusame/は「はる」/haru/と「あめ」/ame/の間に子音/s/が挿入されてできた語形である。

おおいに疑わしい。この /s/ の挿入には類例が多く、他ならぬ /s/ の添加が強く動機付けられている節がある。類例を挙げておく。

あき‐さめ【秋雨】秋の季語

き‐さめ【樹雨】

きり-さめ【霧雨】

こ-さめ【小雨】

はや‐さめ【暴雨・速雨】

はる-さめ【春雨】

ひ‐さめ【大雨・甚雨】おおあめのこと。『武烈紀』に「大風大雨に避らず」

ひ‐さめ【氷雨】

むら‐さめ【群雨・叢雨・村雨】

やぶ‐さめ【藪雨】

よ‐さめ【夜雨】

面白いことに、当該項目英語版では (http://en.wikipedia.org/wiki/Epenthesis) 「春雨」は語源要素が保持されただけである可能性を示唆している。

A limited number of words in Japanese use epenthetic consonants to separate vowels, example of this is the word harusame (春雨, spring rain) which is a compound of haru and ame in which an /s/ is added to separate the final /u/ of haru and the initial /a/ of ame; note that this is a synchronic analysis (using current forms to analyze an irregularity). To give a diachronic (historical) analysis, since epenthetic consonants are not used regularly in modern Japanese, it is possible that this epenthetic /s/ is a hold over from Old Japanese. It is also possible that OJ /ame2/ was once pronounced */same2/, and the /s/ is not epenthetic but simply retained archaic pronunciation. Another example is kosame (小雨, light rain).

別の可能性として指摘されただけだが、*/same2/「さめ」を語源とする議論がヨリ説得的であるように思われる。少なくとも日本語ウィキペディアの記述では、/s/ の挿入がなぜ /s/ でなくてはならないのかという問いに答えられない。つまり「はるらめ」とか「ひはめ」とか「ひまめ」ではいけないのか? (前後の子音をもう一度引っ張ってくるのはよくある語構成である)

もっとも「はるらめ」では感じが出ない。「なあに濡れていこう」という気にはなるまい。なんだかぬるぬるしてしまいそう。濡れちゃらめ、というところだろうか。しまった筆が滑った。

広告
Published in: on 2011/10/09 at 20:14  音の増減、転倒をめぐる修辞用語 はコメントを受け付けていません。  
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。