胡椒、辛子、唐辛子

香辛料をどう呼ぶか

胡椒とは何か、辛子とは何か、私たちはよく知っているような気になっている。ところが改めて考えてみると、これが意外と曖昧で難しい問題だと判る。

もとより香辛料というものは東西南北の文化が相互交流をするようになってから手に入るようになったもので、ざっくり言って古代中世ヨーロッパには広く知られていなかったか、手に入らなかった、手に入りづらかったものである。『金と香辛料』ではないが、それはヨーロッパ中世にとっては著しく珍しい文物であり、しばしば大変高価なものですらあった。よく知られた話である。大航海時代以降に世界の食の風景は一変している。それであるから胡椒とか、辛子とか言うものが、多くの文化圏にとって「新参者」であり、呼称上の混乱を招いたということは理解出来る。

ここで既に、胡椒や辛子をめぐって「呼称上の混乱」などあるだろうかと訝しむ向きもあろうかと思う。胡椒といえばラーメンにぱっぱと振りかけるあれだろう、辛子といえば黄色い練り物でおでんに添えるあれ、唐辛子といえば「一味」とか「七味」とか言う形で売られているあれ……どこに混乱があるものか。GABAN社なりSB食品なりのラベルがついて、どこの食卓にも普通に見られる「あれ」。さらに言えば原料となる植物種もきちんと知られている訳で、混乱どころか植物学的にもはっきり同定されているものではないか。胡椒と言えば胡椒の実を挽いたもの、辛子といえば辛子菜の種、はっきりしたものではないかと……

ところがこれが錯覚なのである。「胡椒」とか「辛子」とかいう言葉は、実は食味にある種の香りと辛味を添える「食文化上のきわめて漠然としたカテゴリー」に与えられた大変便宜的な名称であって、食味における「抽象的で文化的な役割」に与えられた抽象的存在の「名前」なのだ。その実態は相当に曖昧なものと見える。そんなことにフランスのマーケットの調味料の棚を眺めていて気付かされた。

柚子胡椒は胡椒なのか

ひとまず日本のことに限ってもよい。胡椒とか辛子という言葉が既に自明なものであると思っている向きには、こう質問してみたい。「柚子胡椒」は胡椒ですか?

柚子胡椒というのは柚子の香りを利かせた香辛料で、その実態はむしろ「獅子唐、あるいは唐辛子」の練り物である。柑橘系の香りが加わったハラペーニョ・ソースと言ってもよい。ちょっとした焼き物や炙り物に添えると旨い。刺し身でも合うものがある。それでは柚子胡椒のどの辺が「胡椒」なのだろうか。胡椒なんて一粒、一欠片たりとも入っていないのに。

九州地方北部では唐辛子を「胡椒」と言い習わすことはよくあるそうで、地域が唐との関係が深かったので「唐枯らし」に通じる「唐辛子」の語を避けたのだという一説があり、ウィキペディアの「胡椒」の項にもそう書かれている。だが牽強付会であろう。民間語源の怪しさが漂っている。これはそんなローカルで偶発的な問題ではない。もっと普遍的な現象だ。大体、唐辛子は唐から伝わったものではない。中華でも明代以降の輸入品とされており、どこに唐に配慮する必要があるのか。だいたい、ここで言う「唐」とは「南蛮」とか「舶来」というのと同じ程度の意味しかない。

あれを「胡椒」と言っているということに、呼称上の混乱や単なる忌み言葉ではなく、もっと文化的な意味を見いだそうではないか、というのがこの小文の趣旨である。

ペッパー・ソースは胡椒なのか

あるいは「ペッパー・ソース」というものがある。日本では圧倒的な寡占を誇るマキルヘニー社の商標から、一般に「タバスコ」と呼ばれている。

このペッパー・ソースが唐辛子由来のものであることは、色味、辛味からも明白なことである。これに似た「緑色バージョン」のハラペーニョ・ソースも最近ではよく知られていることと思う。こちらは辛めの獅子唐ソースみたいなものか。すでに何が言いたいのかはお分かりだろうが、「ペッパー」と言えば普通は「胡椒」のことである。「ソルト&ペッパー」といった具合で、食卓に普通に置いておき、なんなら各人が各様に自分の皿に足して良い基本的な食味であり、食卓上のレギュラーメンバーである。そして「ペッパー」というのが胡椒のことであると知らないものもない。では「ペッパー・ソース(タバスコ)」はどの辺が「胡椒」なのですか?

コロンブスが胡椒 pepper と唐辛子 piment を混同していたという話なども伝わっているが、これも北九州の「胡椒=唐辛子」と同じような牽強付会であろうか。胡椒と唐辛子は単なるローカルな間違いで混同されていたのではないと考える。それはもっと明白で普遍的な「カテゴリーの共用」がもたらした必然的な混乱だったのではないだろうか。

本来の胡椒

「胡椒」というのは基本的には植物学的に言う「コショウ科コショウ属のつる性植物 (Piper nigrum) の実」を挽いたものであり、黒胡椒と白胡椒が普通にある。

黒胡椒は外皮ごと挽いたもの、白胡椒は水に浸けて外皮を剥いてから挽いたものである。これがまずは植物学的な定義ということになろう。

だが食味における「胡椒」は、上で見たように洋の東西を問わず、明らかに「唐辛子ゾーン」も包含しているのである。洋の東西を問わない。柚子胡椒もタバスコも、やはり「胡椒」と呼ばれる…… いや、そればかりか……混乱はもっと入り組んでいる。

フランスの一味唐辛子

フランスでは食味として「唐辛子」に相当するのは「ピモン・ド・カイエン (Piment de Cayenne)」である。これは学名 Capsicum frutescens の実(日本に言う鷹の爪)を挽いたもので、ほぼ「一味唐辛子」に相当するスパイスとして普通に売られている(ちなみに普通のフランス人は辛味が苦手で、こうした「極端に」辛いものは避けがち。これを買うのは主にマグレブ系とアジア人である)。日本の調味料のコーナーでは「カイエン・ペッパー」と呼ばれている調味料である。

これはチュニジア料理では基本的な香辛料で、ハリッサ(フランス人はアリッサと言う)という「練り辛子」の形で、缶詰め、瓶詰め、チューブ入りと、いろいろに売られている。クスクスなどに添える調味料で、うっかり着け過ぎると舌が焼けるような辛さである。日本で言うと「寒ずり漬け」のソース部がほぼ相当すると思われる。この原料が件のカイエン・ペッパー(チリ・ペッパー)。面白いのは現地語で原料の唐辛子(日本に言う唐辛子、もう大分混乱してきたが大丈夫ですか、着いてきていますか)を「ピリ・ピリ」と言う。

和風の一味唐辛子が手に入らないので、我が家では上の Piment de Cayenne(上のDucros社のもの)を蕎麦に振り、手羽先の焼き鳥にかけている。さて、それでは Piment de Cayenne は、はたして「唐辛子」なのだろうか、それとも「胡椒(ペッパー)」なのだろうか、それとも言葉通りに「ピーマン」なのだろうか?

ピーマンとは何か

新たにピーマンが話に加わった。ピーマンといえば日本ではすでに標準的な野菜であり、嫌いな子供も多いが普通に食卓に上る。好き嫌いはともかくピーマンを知らない人もいるまい。では、変な質問に聞こえるかも知れないが、ピーマンははたして「胡椒」なのか「唐辛子」なのか? マザーグースに「Peter Piper picked a peck of pickled peppers」という頭韻で遊んだ Tangue twister(早口言葉)があるが、ここでいう peppers はペッパー・ピクルス、すなわち唐辛子の漬け物のことだが、日本風に言えば獅子唐の酢漬けのことだ。

Peter Piper picked a peck of pickled peppers;

A peck of pickled peppers Peter Piper picked;

If Peter Piper picked a peck of pickled peppers,

Where’s the peck of pickled peppers Peter Piper picked?

ピーマンが唐辛子や獅子唐の兄弟であるということは誰でも一目で分かることだろう。日本においてはピーマンは、幼児の拳ほどの小ぶりの実で、色は決まって緑で、皮が薄くて味に苦味がある。私の意見としては、切り口にちょっとレモンの香りがある。日本では肉詰めピーマン、中華なら青椒肉絲(チンジャオロウスー)に使うあれである。実は、これはヨーロッパではあまり見ない。

フランスのピーマンはパプリカなのか、胡椒なのか

ここフランスでは日本のピーマンに相当するものは普通には売っていない。普通に売っているのは、日本に言う「パプリカ」である。すなわち赤ピーマン、黄ピーマン、その類いの大振りの緑ピーマン。大きさは大人の拳以上のサイズで、日本で言うピーマンほどの苦味はない。やや大味で甘味があって、悪く言うと実にしまりがない。これがラタトゥイユやパエリヤやなにかの材料になる。

このパプリカ、フランス語で言うと Poiveron(ポワヴロン)と言う。フランス語では胡椒を Poivre(ポワヴル)と言うから、やはり「胡椒」の仲間と見なされている訳だ。さあどうしよう? パプリカは「胡椒」なのか「唐辛子」なのか、それともやはり「ピーマン(ピモン)」なのか?

ややこしいことに、日本語でパプリカと呼ばれているのは、この「赤・黄・緑ピーマン」ばかりではない。日本でも売り場が変わると別の種類の「パプリカ」が登場する。香辛料の棚では「パプリカ」というのは辛味と赤味を加えるためのスパイスだ。やはり苦味、辛味は薄い。その内実はハンガリー語源の「パプリカ (Capsicum annuum)」すなわちピーマンの一種である。物理的には挽き唐辛子と見て良い、際立った赤が特徴。ハンガリー料理はこのパプリカ使いで有名だ。同じものが英名(特に米国)では品種同定のために Bell pepper と呼ばれている。さて、この Capsicum annuum のことを英語では普通に Black pepper ないし Chili pepper と呼んでいる。ロシア語では болгарский перец すなわち「ブルガリア胡椒(ボルガリスキ・ペレツ)」と呼ぶ。さあどうしよう? このパプリカは「胡椒」なのか「唐辛子」なのか「ピーマン」なのか、それとも「チリ」なのだろうか。

チリ参戦

ところで「チリパウダー」というのは英語に綴ると二様あって、Chili powder と書くものと Chile powder と書くものがあり、厳密には別物だそうだ。すなわち chili はメキシコ料理チリコンカルネに使う混合香辛料でオレガノ、ディル、ニンニク、クミンなどが足された「ブレンデッド・スパイス」、chile の方は粉唐辛子単体のパウダーに使うとウィキペディアに断りがあった。だが、こんな使い分けを誰がしているというのだろうか?

チリコンカルネは横文字にすれば chili con carne、逐語的に訳せば「唐辛子 with 肉」ということで、やはり主役は唐辛子。唐辛子は南米かメキシコあたりが原産だと言われているのでこちらが本場か。ちなみに唐辛子といえば「唐の辛子」ということで、何となく中国が本場のように錯覚しているし、大韓民国のキムチに見るように大陸が本場という気がするものだが、実際に大陸に唐辛子が伝わったのは明代末期、日本経由である可能性が高く、唐辛子はその伝では日本由来辛子とでも言った方が実情に即するかもしれない。

和辛子は洋辛子

一方で和辛子は中央アジア原産カラシナ (Brassica juncea) の種に由来するもので、この種(たね)の酢漬けは「粒マスタード」として十三世紀にはヨーロッパに当たり前に知られている。「マスタード」の語源は古フランス語の mustard すなわち遡ってラテン語 mustus ardens「燃えるようなムスト」。ムストとは葡萄ジュースのワインになる一歩手前の状態のことだ。マスタードと言えばフランスはディジョンの白ワインでつくる粒マスタードが有名だが、これがマスタードのもともとの名前の起源に通じている訳だ。カラシナの種を挽いたペースト状の「辛いマスタード=和辛子」はウィキペディアの英語ページ (mustard) の説明によればもとはイギリス式マスタードと呼ばれており、こうした辛子は四、五世紀のローマにレシピを見いだせると言う。これをローマがガリアに輸出したというのだ。

すると何たる混乱か。「和辛子」は古代からヨーロッパに知られていた「洋辛子」であり、「唐辛子」は南蛮から日本を経由して大陸に伝わった、むしろ「和辛子」であり、どこかで交差して名称が入れ違っている。そればかりか洋の東西を問わず、時に胡椒とかピーマンとかチリとかいった、胡椒系、獅子唐系の用語法とそれぞれ闊達に混線を繰り返しているということになる。

中華四千年、さすがの料理命名

海老チリソースは四川料理なら「乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)」、こちらはエビチリとは言いながら、チリペッパーというよりは豆板醤(トーバンジャン)を用いる。豆板醤は言わずと知れた四川の辛味で、実はその主材料は空豆。目立っている唐辛子の部分は本来は脇役だったらしく、辛くない豆板醤というものも理論的にはありうる。唐辛子を入れたものは特に「豆瓣辣醬(トウバンラージャン)」と呼んでいたのである。辣油(ラーユ)の「ラー」が一味唐辛子の添加を表している(これ、いかにも辛そうな字ですね)。

こうして各国の「胡椒・唐辛子・ピーマン」などの名称の混乱を見てくると、中華料理の名前のつけ方の体系性には恐れ入る。中華料理の料理名は材料と調理法を正確に予言しているものが殆どで、料理名がそのまま基本的なレシピとなっているぐらいだ。やはり中華四千年か。食いしん坊はどうしたって中国に足を向けて寝られるものではない。これに比べると日本の料理名はまったく混乱していて、たとえば「たたき」なんて言うのは結局どうすることなのか実態が未だによく判らない。鯵のたたきも鰹の土佐造りも牛たたきも素人料理に筆者はよく作るのだが、どこに共通点があるだろうか。鯵といえば、あと小鯵の南蛮漬けとか鴨南蛮とか言うときの「〜南蛮」というのも、結局なんのことを言っているのか判明でない。こんな例ばかりだ。

そこへ行くと中華。たとえば青椒肉絲(チンジャオロウスー)などは青椒、すなわち日本に言う緑の小ぶりのピーマンを使うことが明示されている。もともと中国語では、日本に言うパプリカを菜椒として、さらには日本に言う唐辛子を甜椒として、それぞれ青椒と明確に区別する一方で、植物学的に同ジャンルであることもまた明示されている。和辛子の原料カラシナは芥菜、一名に辣油菜、これも明確。

最後に胡椒についてウィキペディアの中国版を参照してみたら当該項目の冒頭にこうある:

有數種完全不相同的植物與胡椒的名稱有所關聯;大部份被用在食物中,讓舌頭上有化學的胡椒鹼或辣椒辣素所導致的”辛辣”感覺。

いわく「植物学的にはまったく別物のいろいろな種があるが、胡椒と名指されるものには大体おおまかな連関があって、すなわち食べ物に使われたところ舌の上に有機化合物ピペリン(胡椒鹼)やカプサイシン(辣椒素)の作用があって『辛い』という感覚を齎すもののことである」。

何たる明快。

結局、辛子、唐辛子、胡椒とは何なのか

胡椒、辛子、唐辛子の区別は至るところで混乱を見せていた。コショウの実が「胡椒」、カラシナの種が「和辛子」、トウガラシ属 (capsicum) の実が「唐辛子」といった、植物学ベースの区別では解決がつかない。その全てに文化的な反例を挙げることが出来る。しかもみたび繰り返せば、これは洋の東西を問わない。

だが中華版ウィキペディアの説明に端なくも表れているように、これらの名前は何か特定の植物種に充てられたものでも、またそれに由来する産物に充てられたものでも、厳密に言えば、なかったのである。これらの名前は「これ、なんか『辛い』よね」という感覚に充てた名前だった。与えられる漠然とした印象から、大ざっぱにひと括りにしているわけで、これでは香辛料輸出入のあちらこちらで名前の出し入れが混線するのも道理である。

胡椒、辣椒、辣油菜、Pepper, Pfeffer, Piment, Горчица, Poivre, Паприка, Poiveron, Paprika, Mustard, Перец。コショウ、カラシナ、トウガラシ。それはもともと、或る特定の植物種の名ではなく、或る特定の調味料の名でもなく、ただ「なんか辛い」という印象につけられた名前だったのだ。

最後に何かぴりっと胡椒の利いた決めぜりふで一文を閉じたかったが、何も思いつかなかったのでこれまで。

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Published in: on 2012/02/19 at 05:26  胡椒、辛子、唐辛子 はコメントを受け付けていません。  
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