外国小説や映画に出てくる奇妙な名前の日本人

外国人にとってはまだまだ日本は未知の国、外国の小説や漫画、映画などに出てくる日本人の姓名が時としてかなりヘンテコなものになっていることがある。ずっとコレクションしているのだが、ここに一端を御蔵出しする。

※小文に限っては、簡便のため姓名の「名字(ファミリーネーム)」と「名前(個人名=ファーストネーム)」を常時区別し、単に「名前」とした場合でも、それはファーストネームの方を意味することとする。

まずは良い例から

無論、ヘンテコなものばかりではない、割に穏当なものも多いのだ。たとえば御大、エラリークイーン『ニッポン樫鳥の謎』(創元版)=『日本庭園殺人事件』(角川版)に出てくる寡黙な日本人老女中、その名は:

  • キヌメ

カタカナで書かれるとぎょっとするが、これは「絹女」とでも書くのだろうか、彼女は琉球の出身で、琉球はアイヌとも血統が近いと言われているが、戦前のものにしては割に正しい認識と言ってよかろうか。分子生物学的にそれが確かめられたのは最近のことだと仄聞する。さて、キヌメは相当にブロークンな英語を話し、原文に見れば L と R の区別が曖昧になっている節があったりと芸が細かい。この例などはリサーチが行き届いているたぐいで、なかにはおやと眉を顰めたくなる体のものもある。

微妙な例

プッチーニの歌劇で有名になった、ジョン・ルーサー・ロング『マダム・バタフライ』、いわゆる蝶々夫人は舞台が長崎だから当然日本人は出てくる。オペラ版は舞台監督と演出家の意図によって、わざとエキゾチック、キッチュに味つけられることも多いので、そこは難癖無用だろう。風物をも含め描写は手堅いが、東西の姓名……というよりは呼称(呼びかけかた)における風習の違いが若干の誤解を招きかねない。以下はオペラ版による:

  • 侍女のスズキ
  • 召使いのゴロー
  • ボンゾ

何も問題がないようだが、ここに一つ微妙な勘違いの余地がある。つまり日本では奥様が女中に「鈴木、お願いね」とやるのは普通であるが(したがって正しい用法)、西欧では「ベルナデット、頼んだわよ」とこう来る。つまり西欧ではここで名字はまず遣わない。いずれ一エントリーを要する話題であるが、西欧における「名字呼び捨て」はかなり特別な意味を帯びる、その一方で名前呼び捨てはきわめて普通のことである。

執事の名前といえば「セバスチャン」、というのは『アルプスの少女ハイジ』の刷り込みなのだろうが、やはり名前呼びである。これに対して日本の執事なら「鈴木、車を回しておいて」という具合になる訳である。

まずは姓を名よりも先に言うという習慣がまずもって西欧人には意外である(ただしマジャール語など類例はある)。そして今もんだいにした呼称習慣の違い、日本では名字で人に呼びかけることが割に普通であるという事実。これらが相俟って一つの誤解の体系が生じてくる−−すなわち、西欧人は日本人の姓と名前の区別がつかない。このオペラの西欧人視聴者は鈴木という「名前(ファーストネーム)」があると考えるだろう。

最後にボンゾという登場人物についてだが、これは坊主をイタリア語っぽく言ったものだろう、別にジョン・ヘンリー・ボーナムが突然太鼓を叩き出すわけではない。フランスでも僧は「ボンズ」、尼僧は「ボンゼッス」である。

名字か名前か

風刺作家ウォラス・アーウィンの描く、戯画化された日本人、週刊誌『コリエーズ』の名物コラム「日本人学僕の手紙」の架空の「筆者」:

  • ハシムラ東郷

アメリカにおける誇張され戯画化された、出っ歯に吊り目に丸眼鏡の「ジャップ」の現像となったという。宇沢美子『ハシムラ東郷 イエローフェイスのアメリカ異人伝』東大出版会などという立派な研究書もある。このハシムラ、「橋村」とすれば無くはないというところか、そちらが名前なのだろうか……「デューク東郷」みたいに? 逆に「ハシムラ」を姓としたならば「東郷」という名前は在りうるだろうか? 要は、どちらも名字ではないかと思うのが日本人の普通の感覚だろう。

かわって『ダ・ビンチ・コード』で世界的なヒットを飛ばしたダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』に類例を見る。これに登場する CIA のディレクターの名が:

  • イノウエ・サトウ

「井上佐藤」じゃ二人になってしまう。日本人読者にはかなりの違和感があろう。これは訳者なり版元なりが調整してやるべきだったのではないだろうか。

有名なアニメーター「安彦良和」の姓名を知った時には「どっちも名前じゃないか」と思ったものだが、こういうことならしばしばある。「恵」とか「南」とか、名字にも名前にも用いられる字というのは在るし、西欧でもジョン・ダンとかジョージ・マイケルとかシルヴィア・クリステルとか、どちらも名前で通りそうな姓名というのはままある。

しかしどちらも名字っぽいというのは違和感が止まない。「一人では済まない」感が拭えない。イノウエ・サトウ彗星とか、イノウエ・サトウ症候群とか、イノウエ・サトウ方程式といったような「連名」の香りがいつまでも漂う。

もともとダン・ブラウンという作家はあまりリサーチに時間を割かない作風なのか、処女作『パズル・パレス』 (1998) でも元 NSA 局員の日本人男性の名が:

  •   エンセイ・タンカド

どう見ても日本人ではなさそうな雰囲気を醸し出している。広島で被爆して両手の指が三本しかない、とか若干失笑を禁じえないキャラクター付けがなされている。
《ネタバレ注意》この人物の名は作中のキーワード N. Dakota ノース・ダコタのアナグラムになっているのだが、そんな風に日本人の名をアナグラムで拵えているというのは、リアリティなどなくとも一作の面白さに差し支えは生じないという意気込みか。《ネタバレ閉じ》

エンセイっていうのもどこから引っ張ってきたのか、ちょっとウェブ上を探索してみたかぎりでは『中華一番!』 (1995-99) という漫画に出てくる人物ぐらいしか見当たらないが、まさかこれが元ネタだろうか。時系列は合うが…… (そもそも『中華一番!』のエンセイ(燕青)はちょっと紹介文を読んだ限りでも、どう考えても中国人である。裏料理界−−なんだそりゃ−−の五虎星の一人だということで、この辺の名前は全て水滸伝から取っているのであろう)

さらにこのエンセイ・タンカド氏の部下が:

  • ソーシ・クタ

これはいるかもしれないぎりぎりの線か。「久多総司」とか…… また他方、ソフトウエアー会社の社長として:

  • トクゲン・ヌマタカ

これもぎりぎり漢字が思い浮かぶ。「沼高徳玄」なんていう漢字だろうか。もっともやや奇妙な名には違いないが。さらに主人公等を追う殺し屋に:

  • ウロオ

うーん、日本人といえば日本人……かな。どんな字を書くのだろうか。この『パズル・パレス』には他にも「七福神を信仰しているマフィア」とか素敵な日本人が登場する。

引き合いに出しちゃ失礼かも知れないが、傑作『ゴールデン・フリース』の作者ロバート・J・ソウヤーの『フラッシュ・フォワード』などでは同僚の日系エンジニア(女性)の名がこうだった:

  • ミチコ・コムラ

「小村美智子」といったところか。さすがに隙がない。大きな嘘をつくために小さなところはがっちり固める、という作家根性の良い方の見本だろう、かくもあれかし。ちゃんとやっている人もいる、と。

そういえばチバ・シティが舞台のウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』には「ヒデオ」という忍者が出てくる。日本人名という観点からは全く問題ないが……。日本人として、これを許すかどうかは微妙なラインだ。もともと近未来のチバ・シティのことでもあるし、我々の感覚だけで截断しきれないのはやまやまであるが……やはり忍者といったら「〜丸」なり「〜斎」なりにしておきたくはなりませんか(明らかに後者の方が上役)。あるいは山川草木から一文字とって「朧」とか「楓」とか(明らかにくのいち、濡場要員)。

在りそうだけど無い名

ダン・ブラウンあたりから、「在りそうだけど無い名」という気配がひたひたと忍び寄ってきているが、映画の世界ではいい加減な命名は多く、なんとなく響きが日本語っぽいなと適当に発明されたらしい珍名がぞろぞろ出てくる。

ティファニーで朝食を』 (1961) では隣人の日本人は、ハシムラ東郷よろしく戯画化されたジャップというかんじのキャラクターで、その名は:

  • ミスター・ユニオシ Mr I. Y. Yunioshi

ちょっと在りえない感が。ミドルネームのある日本人というのもすごい。カポーティの原作からこの通りだった。

こちらはもとよりネタ映画なのはタイトルからも明らかだが『尻怪獣アスラ』原題:Rectuma (2002) 。おならで町を破壊する怪獣パニック映画である。書いていて脱力してしまうけれども。原題は「直腸」(Rectum はラテン語で「垂直、真っ直ぐなもの」)の謂であり、語末に -a としたのはゴジラやガメラの顰みに倣ったものだろう。モスラ、ヘドラ、ガッパにドゴラ、ギララ、ジグラにキングギドラ……怪獣の名は -a で終わるという内規があるのである。特に含むところはないが、付言すれば印欧語における語末 -a の言葉は多く女性名詞である。

さて『アスラ』であるが、これに登場するのが:

  • 日本人医師、ワンサムサキ
  • 怪獣退治請け負い、タシラ(惜しい)

「ワンサムサキ」というのが日本語の響きに聞こえるというのが、悲しいかな向こうの認識なのだろうか。日本人なら一聴、日本の名じゃないなと即断するだろう。「タシラ」は惜しかった。
ジョセフ・サージェント監督『サブウェイ・パニック』 (1974) 冒頭の日本人観光客が IMDB のキャスト順で:

  • ミスター・トマシタ(許容範囲か)
  • ミスター・マツモト(でかした)
  • ミスター・ヤシムラ(許容範囲か)
  • ミスター・ナカバシ(でかした)

「松本」と「中橋」は普通にアリだろう。「中橋」は連濁しそうにないので「ナカハシ」としたかったが、もとより固有名の連濁規則というのは有って無きがごとくなので許容できる。「トマシタ」と「ヤシムラ」は、あとちょっと、という感じだろうか。この二つの名字に「日本的な語感」があるとした、その判断には首肯できる。実際、「苫下」「椰村」なる名字は実在するようだ。だが命名した脚本家はそんなに珍しい名であるとは思っていまい。

実在しない日本人「ヤカモト」小史

B・エドワーズ監督『ブラインド・デート』(1987) はブルース・ウィリス、キム・ベイシンガーの共演のロマンティック・コメディ。これに出てくる日本人夫妻が

  • Mr. & Mrs. ヤカモト(惜しい)

キャストのサブ・シマノとモモ・ヤシマは日系人だが自分たちの役名が「微妙に無い」ラインに乗っているとは思わなかったようだ。しかしそれもそのはず。このヤカモトという名はアメリカのサブカルチャーではよく使われる名で、アメリカ人の考える代表的な「日本人の姓」の一つなのだ!

映画『マイノリティー・リポート』『北海ハイジャック』……ハリウッド映画に出てくる日本人の「ヤカモト率」は高い。TVドラマ『ER』にも患者として出てきたそうだ。

あるいは漫画ならばのコミック・ストリップ『2000AD』ジャッジ・ドレッドのシリーズに「Judge Inspector ヤカモト」、さらには「ヨギ・ヤカモト」、マーベルコミックスからは『パニッシャー』シリーズに キャサリン・ヤカモト(みなさんのご尊顔にリンク)。日系といえば「ヤカモト」というぐらい人口に膾炙している。

「ヤカモト」の元ネタはある程度はっきりしており、戦後すぐのイギリス BBC のラジオ番組に淵源を見る。スパイク・ミリガンの「The Goon Show」(1951-60) である。ピーター・セラーズらも参加していた、このラジオ・コメディ番組に登場するキャラクターの一人が、脚本も手がけるミリガン自身の演じる「ヤカモト」あるいは「ヤカモト将軍 General Yakamoto」……つまり山本五十六 Admiral Yamamoto のパロディだったと思しい。「ヤカモト」という姓が意図的な読み代えか、それとも読み間違えに由来するのかは判らないが、いずれにせよちょっとブラックな配役と言えるよう。

さらにヤカモトを広く世間に知らしめたのはモンティ・パイソンである。Goon Show に大きく影響されたこの番組でも、スケッチ「エリザベス L」(第29話、1972/11/02)にヤカモトが登場する。Goon Show の衣鉢を継いだ訳である。モンティ・パイソンの製作者達は大変真面目で真摯な方々であるから、「ヤカモト」なる名が存在しないものであることには気が付いたかも知れないが、私淑するミリガンに倣って「ヤカモト」という姓を維持した。このスケッチの骨子は「LとRの区別がつかない日本人」というネタであり、ヤカモトの台詞を日本人たる我々は国辱に悶えながら聴かねばならない。その姓が本当は日本人のものとしては実在しないというあたりが絶妙なスパイスになっている。

そのほか、モンティ・パイソンのスケッチ「カミカゼ・スコットランド兵、特攻せよ!」「カミカゼ・アドバイス・センター」(第38話、1973/01/11)には「ヤシモト」なる人物の言及もあり、スコットランド兵に神風特攻精神を教示したのだという。これまた国辱の極みであるが、かように「日本人の現像」が形作られていくのである。存在しない「日本人の現像」が。

私見であるが「ヤカモト」の蔓延は日本人国辱の系譜として見過ごせない一事である。しかし元ネタがモンティ・パイソンであるだけにわたしもいささか真面目かつ真摯になり過ぎたようだ。

余談:嘘から出た真

ところがまさしく嘘から出た真とでもいおうか、こんにち「ヤカモト」の名を持つ人物は実在するらしい。とある会社のエンジニアとして Yakamoto 氏の名をウェブ上に見ることが出来るのだ。これがもし仮に日系を詐称したものだとしたならばモンティ・パイソンの振りまいた毒も根が深いものだと言わざるを得ないだろう。

そればかりかイギリスには日本人相手の商売をしていると思しき「ヤカモト」なるお店まであると言う。名付けて「ヤカモト・布団センター」。ブラックジョークもここに極まれりという感がある。以下に証拠写真が。
パイソン資料画像置き場:http://www007.upp.so-net.ne.jp/kaze/python/gazou/index.html
問題の画像:http://www007.upp.so-net.ne.jp/kaze/python/gazou/images/yakamoto.JPG

閑話休題:有名どころもやっている実在しない日本人名

有名どころといえばカポーティの「ユニオシ」に触れたが、サリンジャーのグラス・サガの一冊『ナイン・ストーリーズ』にも謎の日本人が出てくる。「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」(1952) に登場する謎の日本人:

  • ムッシュー・ヨショト

なにやらもぐりの通信添削教育をやっている。あやしさ十分。私の勘では日本人というのも嘘ではないだろうか。

かわってイタリア、イタロ・カルヴィーノ「冬の夜ひとりの旅人が」(1979) に出てくる(というか一篇を書いているという触れ込みの)日本人作家が:

  • タカクミ・イコカ

いねぇよ、そんな名前の日本人! と言いたくなって、はたと思い出すのだが、もともとカルヴィーノの小説に出てくる登場人物に「いねぇよ、そんな名前の奴!」などと言っても仕方がないのだった。Qfwfq なんていう名前の語り手が出てくるぐらいだし(『コスミコミケ』ほか)。そう思ってみると「タカクミ・イコカ」の「有りそうで無い」感は絶妙のものとも思えてくるから、ひいき目というものは恐ろしい。

それは明らかに余所の国のひと……

サン=サーンス『黄色い皇女』(初演 1872年)の主人公、画家コルネリウスは筋金入りのジャポニスム趣味で、どういう勘違いのもとにか日本を憧憬してやまず、肖像画(浮世絵)に恋をして名前までつけ、薬でラリっては自分の妄想上の日本女性に日夜歌いかけているという。まさに珍品とも言えるジャポニスム小歌劇である。

恋人のレナもかなりの日本通なのか、冒頭からこちらが歌い出すのが実に万葉長歌。:

うつせみし 神に堪へねば 離れ居て 朝嘆く君 放り居て 我が恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 夢に見えつる
(この際だから原文も添える)
空蝉師 神尓不勝者 離居而 朝嘆君 放居而 吾戀君 玉有者 手尓巻持而 衣有者 脱時毛無 吾戀 君曽伎賊乃夜 夢所見鶴

と、寝ても覚めても日本のあの子に夢中のコルネリウスの心を代弁しつつ、自分は怒り心頭である。この歌に込められた思いを行ごと逐語訳 interligne で解釈しながら(この辺がフランスの古典学習の一端を窺わせて興味深い)、浮世絵に夢中のコルネリウスに呆れ、嫉妬に焦がれて歌い上げる。しかしこれはすごい教養、日本人でもなかなか読めまい。

ところで、この日本の二次元キャラの世界に没入して「三次」を顧みなくなった紛う方なき「萌豚オタク」の走りと言ってもよいコルネリウス氏が妄想上の日本の皇女 Princesse に付けた名前がどんなものだったか:

  • ミン王女 (Princesse Ming)

ちょ……コルネリウスさん……それもしかして隣の国の人じゃ……

このあとコルネリウスは、すっかり酩酊してレナと自分の妄想上の皇女の区別もつかなくなってしまう。レナに「ミン王女」と呼びかける最低っぷりを発揮しつつ、あげく「ミン王女、キスしておくれ」とレナに迫る始末である。最終的にはコルネリウスは酩酊から覚め、自分の愚かさを詫び、レナに愛を誓い、ついでに「日本なんてくそくらえ!」なんて言わされる羽目になったりする(そりゃあレナだってそこまでやらせるだろう)。

だが私たちは知っている。彼がラリって夢に見ていた、商人が行き交い、仏塔が高さを競い、風にはお茶の香りが漂っていたというその世界に居たのは……十中八九、日本の皇女ではなくて中華の人だ。ちなみにリブレッティの全文がこちらに(http://home.arcor.de/jean_luc/libretti/princesse.htm)。

オペラ繋がりで『欲望の街』

サン=サーンスについてざっと瞥見していた時に、とあるブログ・エントリーに見た日本人の名もなかなか洒落ている。作品はバルセロナ生まれのレオナルド・バラダの『欲望の街』(http://ml.naxos.jp/album/8.557090) 。未見だがこれに登場するという日本人の名が:

  • トコポコ

今回は未見、未読のものは扱わない方針だったが、ちょっと面白いので取り上げておく。この名が日本人のものであるという発想は我々にはあるまい。しかもトコポコ氏のプロフィルがまた振るっていて、いわく「皇室の使者でトヨタの社員」だというのである。主人公は欲望の街で、このトコポコと丁々発止の取引を繰り広げるとか言う、スラップスティックコメディ(ですよね)。日本人はやはりテンノー崇拝でトヨタの下僕なのである。

ミニ特集1:宇宙英雄ペリー・ローダン

言わずと知れたスペースオペラの超ロングシリーズ。著者が入れ替わっては続刊が出るという、もはや一作品というよりは「一ジャンル」と言った方がいいぐらいのものだが、現在何巻まで行ったのだろう? (ウィキペディアによれば:2013年01月10日時点の翻訳版最新刊は第440巻)原著の方は2600巻を数え、3000の大台に乗るのも時間の問題だ。しかも第2シリーズ(850巻)や外伝シリーズを別にしての話である(この上ほかにもあるのかよ!)。このままいくと人間の文明の歴史が途絶えるまでは続刊が出続けるのではないかという勢いである。初巻は1961年。当時から現在までに現実世界の方も、科学技術にしても宇宙や生命に対しての認識にしても大きく変化してきたはずだが、シリーズを貫く柱はいささかもブレていないのだろうか? もはや一種の文学的実験の様相を呈してきている。

宇宙をまたにかけるロングシリーズであるが、特に序盤の巻ではテラナー(地球系人)の登場が多く、とうぜん幾多の日系人が姿を見せる。そこでのドイツ人の命名センスに打たれる。以下に列挙してみる。

  • タコ・カクタ 男性。もとエンジニアのテレポーター(2巻)。「角田たこ」とかいった名なのだろうか? いつもにこにこ笑っている人である。まさかあの「たこちゃん」じゃあるまいな。挿し絵で見る限りでは禿げてはいない。
  • タマ・ヨキダ 男性。もと天文学者のテレキネス(3巻)。ローダンの盟友レジナルド・ブル(のちの太陽系帝国の副執政官、国家元帥)に取り立てられることになる。つまりブルにヘッドハンティングされたタマ。タコとか、タマとか、どうも可愛い名前が多いのはなぜだろうか。タコ、タマに対して、ドイツ人的にはクールな音感を覚えるのだろうか。
  • タナカ・セイコ まさかの男性! 周波探知能力者(3巻)。「永遠の生命の星」探索で活躍。加えてセイコが名字でタナカが名前である可能性が拭いきれない。二重三重に捩れた名前である。
  • ラルフ・マルテン 男性、日独のハーフで元商人。ドイツ系ということでちゃんとドイツ人らしい名前。
  • アンドレ・ノワール 日仏のハーフでヒュプノ。ドイツ人が考える(やや安易な)フランス人らしい名前。もちろんフランス名としても普通。要するに未来の話といっても、西欧系の名前はわりと常識的なラインを保っているのである。以上の半日系人二人は比較対照として挙げたまでである。
  • イシ・マツ テレパス(3巻)。まさかの女性! まず、切るところはそこじゃない、という感じか。しかも女性とは。「石松」なんて書いてみると、およそ女性なんか想像できない。というより股旅姿しか思い浮かばないのだが、最近の若いかたはどうだろうか。
  • ウリウ・セング 男性。透視能力者(3巻)。これは有りそう。「千宮雨竜」なんて書くと最近のラノベにも出てきそうだ。とたんに風流な名前に見えてきたが、キャラクターとしては元炭坑夫のガテン系。
  • キタイ・イシバシ ヒュプノ(3巻)「石橋」は違和感ないが……キタイは面白い命名である。
  • ソン・オークラ 男性・暗視者(3巻)「大倉」もありそうではあるが……眼鏡の人。割と名字の部分は手堅いものが多いようである。著者になにか参考例があったのだろう。と思いきや……
  • ノモ・ヤトゥヒン 男性。テレパス(3巻)。「野茂」か。いや、そうではない。先例から見るとヤトゥヒンが名字と見た。ローダンを恨んで追っていた。ちょっと見ると「なに人だよ、そいつ」と訊きたくなるが、ミュータントなので人間離れした名にしてあるということだろう。
  • ドイツ・アタカ 男性。超聴覚(3巻)。まさかの日本人。名字「安宅」はありそうだが、ならば「ドイツ」がファースト・ネームなのか。ドイツ人の書いた本とは思えない意表をつく一撃。日本人の書く小説に「タカダ・ニッポン」なんていう名前のドイツ人が出てくるようなものか。しかし惟てみれば「大和」とか「扶桑」なんて捩じってみれば、名前としては十分有りうるか。
  • ヤキナウォ(58巻 惑星サオス包囲作戦)。このあたりは未読につき、詳細を知らない。
  • ミチカイ 大阪の情報屋(13巻)。
  • ヨモ グッド・ホープVII、搭載駆逐艦ZVII3艦長(14巻)。これはありだろうか。「四方」とか。
  • タカ・ホッカド (107巻)「北海道のタカ」だろうか。この辺りで書き手もわりと適当になる。
  • ホンダ・イノシロ 「本多猪四郎」だろうが、おそらくイノシロの方をファミリーネームととっている。ヨーロッパ人にとっては「ホンダ」はよく聞く名前であり、「イノシロウ」は耳新しいという事情も関わっているだろう。西欧人の感覚では「名前は大抵聞いたことのあるものであり、名字の方は千差万別」という認識がある。姓名の綴りを訊く時でも、重要なのは姓の方である。というのも名前の方は綴りを訊くまでもなく「知っているものがほとんど」だから。したがって日本に特段の関心のない西欧人は「スズキ、ホンダ、ヤマハ、ニッサン」などを名前(ファーストネーム)として名付ける作中命名をしばしば見せるのである。

ミニ特集2:X-メンの変な名前の日本人

まずはX-メンにはちゃんとした日本人(名)もたくさん登場することを断っておく。漫画作品としてはよくあることなのだが、かなり日本通の手が入っている節があるのだ。 例えばヒーローの一人がそもそも日本人だ。Sunfire の本名は「吉田四郎」。なるほど歴とした日本名だ。というよりも日本の漫画なら有り得ないほどの平凡な名だ。今どきは日本の漫画の方がべらぼうな名前を付けているものだろう。というより日本の「現実の人間」の方がべらぼうな名前を付けだしているという風潮があるとまで言うべきか。

(以下、画像は全てマーベルコミックス・データベースによる)

吉田四郎ご尊顔(Sunfire)

すげぇな、吉田! という感じである。ちなみに吉田四郎を育てた伯父の名が吉田トモ(あれ、ちょっと違和感が)。「トモ」はそれ単独ではちょっと女性的な響きがあるか。しかし、よくある「名前の後ろ半分カット」の結果と見れば不自然はないかもしれない。仮に吉田トモヤスとかいった姓名があれば、「トモ」にされてしまうだろう。

他のメインキャラにも日本びいきの人がいる。

ウルヴァリンは『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』など、スピンアウト・ストーリーが出るほどの人気キャラ。この人は過去に日本女性と家庭を持っていた:

その妻マリコ・ヤシダ


マリコ・ヤシダは日本最大のヤクザ組織ヤシダ一家の娘で Sunfire の従姉妹。ヤシダは日本人の姓としては許容範囲か。この絵を担当した絵師はどう見てもヤクザ映画をチェックしていると見える。綺麗なんだか不細工なんだか微妙なラインにリアリズムを感じる。巻によってはもっとバタ臭い絵柄の場合もある。

女忍者ユキオ


女性の名前にユキオというのは筆者の感覚では「あり」と見たいが、どうか。ウルヴァリンとは敵対して一悶着あった。が、後年和解して、それどころかウルヴァリンは彼女に養女アミコを託す。

ちなみに女忍者ユキオの雇い主がハラダ・シンゲン。この辺もよく勉強してあるというかんじ。シンゲンはカツヨリと敵対している。笑ってはいけない。明らかに勉強が行き届いているからこその命名である。

ハラダ・シンゲンご尊顔


このシンゲンは息子がいて、これが重要キャラ、ミュータント、シルバー・サムライ。本名にハラダ・クニチヨ。名字ハラダを前においてハラダ・シンゲンと平仄を合わせてある。名前の配列規則もきちんと理解されていると判る。

ハラダ・クニチヨ


ちょっとクラッシックだがよい名前だ。シンゲン、カツヨリ、クニチヨと侍風の名前に傾向を揃えてある。しかもこの扮装、シルバー・サムライだけにブレがない。よくある国辱めいた似非サムライの図像に比べると、かなり見やすいものになっている。

ところが……

あやしくなってくるのが、マツオ・ツラヤバ。前例からすると名字が松尾と見るべきなのだろう。しかし名前の「ツラヤバ」はどうだろうか…… ここまでの命名の手堅さ、理解度の深さからすると、ここにきて若干の変調か?

ところがこれをめちゃくちゃな命名とはかんたんには言い兼ねる。なぜならこのツラヤバのツラがヤバいのである:

マツオ・ツラヤバご尊顔


もう、判っててそう名付けたとしか思えない「ツラヤバ」ぶりなのである(いつもこの姿という訳ではないが)。

このツラヤバの彼女が敵対組織にいるのだが、その名がクヮンノン、さらにそのボスがニョリン。「観音」に「如林」といったところか、ブッディスト・テイストにこの並びなら全く日本名として違和感がない。信玄、勝頼、国千代と侍名そろい踏みにした時と同様に、呉音を擁して仏門徒っぽい名前で統一してある。まことに芸が細かい、勉強が行き届いている。こうなると、やはりツラヤバという名前も意図されたものだという気が強くしてくる。

総じて X-MEN シリーズの日本理解は深いとみるべきか。しかし例外もある。すごいのが。
Uncanny X-MENの515号。筋書きはMatt Fraction、画はGreg Land。登場するのは:

原子生物学者ハシオカ・タマラ博士(「橋岡タマラ」無難な命名)


ところがその同僚に……

原子生物学者タキグチ・ユリコ博士


ご覧の通り「滝口百合子博士」はまさかの男性である(涙目)。

※画像はいずれも Marvel Comic Database http://marvel.wikia.com/ に直リンク。上データベースの画像にはあらかじめ “share” ボタンなるものが用意されており、そこで生成されるリンクをエンベッドしたもの。

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Published in: on 2013/02/06 at 10:07  外国小説や映画に出てくる奇妙な名前の日本人 はコメントを受け付けていません。  
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