中二病、あるいは厨をめぐる用語史抄その2

前々エントリー「流行り言葉の栄枯盛衰:ギャルとフェチ」および、
前エントリー「中二病、あるいは厨をめぐる用語史抄その1」を承けて続く:

中二病とは別に発達していた「厨房」

さて、前エントリーに述べたような経過を辿って、伊集院の「中二病」は徐々に意味を狭め「自虐の詩」すなわち自嘲の反省から、ひとの未熟をくさす罵倒表現へ、さらには「厨二病」とか「厨っぽい」といった形を得て「重篤症例の邪気眼妄想を指す用法」へと片極化を遂げてきたことが確認された。

しかしここに、とりわけウェブ上のジャーゴンとして「別のルート」を辿って成立してきた「厨房」という言葉がある。「厨二病」は、この「厨房」と付かず離れず隠微に交叉して、その意味に振幅を刻んでいる。では「厨房」とは何の謂か。

意図的誤変換「厨房」

「厨房」は、要するに「中二」に対応する「厨二」と同様に、「中坊」に対応する用字バリエーションに過ぎなかった。掲示板などでネット上の符牒としてよく見られる一種の意図的誤字の定着である。どうも例が古くて恐縮だが「奴(やつ)」が「ヤシ」を経て「香具師」となり、「(笑)」が「(藁」と表記されたように、こうした誤字・誤変換はとくに非難や嘲笑の色合いを帯びて故意に保たれる——誤字であることが何らかの情意的表現効果(ここでは侮蔑と嘲笑)を担うのである。

その意図的誤字の系列の中に「小坊、中坊、高坊」の三語をそれぞれ「消防、厨房、工房」と誤変換で表したものが生まれた。

もともと中学生を軽んじて「中坊」と読んだ例はざっと30年は遡り、遅くとも1980年代には漫画『湘南爆走族』(1982-88)に用例を見る。小説では1990年喜多嶋隆『湘南レッド・シューズ』、1993年氷室冴子『海がきこえる』、1994年大槻ケンヂ『くるぐる使い』などに比較的早い時期の文証が見られ(もっと早いものはいくらもあるだろう)、おそらくは漫画を中心にサブカルチャー全般に波及していったものと思われる。若者の言葉をそのまま台詞として取り込んだ作品に、しぜん頻出することになったのだ。

これは厳密に跡づけてはいないのだが、形容詞「うざったい」さらに「うざい」が多摩八王子地区方言(というより当地の若者言葉)から全国区へと展開していったのが、時期、経緯まで含めて「中坊」の一般化とほぼ軌を一にしていると見ている。

「消防、厨房、工房」の定着

はなし戻って、その後「中坊」の語構成は小学生、高校生にも拡張されて適用され、かくして「小坊、中坊、高坊」のセットが出来上がる(「大坊」は比較的まれ)。先述の通り、このセットがそれぞれの同音語「消防、厨房、工房」に「誤変換」されて情意性を帯び、侮蔑語として使い回されることになったのが今日の状況である。

「消防、厨房、工房」が特殊な符牒として取りそろえられた訳だが、この誤字に係るニュアンス付けはもっぱら書き言葉にしか表現され得ず、したがってウェブ・ジャーゴンの地位に留まっていたのは故なきとしない。くわえて関東標準語では「小坊、中坊、高坊」はいずれもチャーシュー型の頭高アクセント、それに対し「消防、厨房、工房」はそろってピータン型の平板アクセントであり、話し言葉ではこれらの対は比較的明瞭に区別される。この「誤変換」は書き言葉専用のものなのだ。

もっとも書き言葉だからと言って文字なら認容度が自動的に高まるわけではなく、「消防が厨房にカツあげされ、工房の兄にお返ししてもらった」などと書いてあるのを見ても、このジャーゴンに通じない者が読んだら一読なんのことだかわかるまい。「消防士が台所でカツをお揚げになったところ、アトリエの兄がお礼を持ってきた」といったほほ笑ましい話かと……いや、そんな無理な勘違いをする奴はいないか。

「消防、厨房、工房」のなかでは「厨房」の定着が最も速く、この語の用法を安定させた。これは語彙ネットワークの原点が「中坊」にあったのだから語源学的に想定されることだが、もう一つ見逃してはならないのは、「厨房」が軽蔑や嘲笑の矛先としてウェブ上の言説空間に特殊な位置を占めていたことである。

厨房の成立は 2ch 以前

1999年ごろのネット民は中学時代を回顧するにあたって「厨房の頃」という言いまわし(書きまわし)を普通に用いていた。この形は 2ch誕生以前に既にネットミームとして成立していたのである。1999年、2chの前身とも言うべき「あめぞう」に観察される例が今日もコピペの対象となっている(以下、ネット掲示板からの引用は改行、約物等を整えた部分がある。断りなくば、他に文言は弄っていない):

2 投稿者:そうかあ? 投稿日:99年05月15日(土)00時06分03秒
俺は去年の夏の厨房大発生とそれに続くクソ書込み氾濫で末期的状態だったと思うが。

「中学生」一般を指して「厨房」とする用例は1996年12月13日にニフティサーブにすでに確認されているとの証言もあり(未詳)、これについては 2chよりもはるかに古いことが確実視される。一般に定着していくのは伊集院の「中二病」とほぼ同時期か、あるいはそれ以前のことだったと見られる。

いずれも「中学生」という特殊な年代(つまり第二次性徴期という時代)が語彙内包に関係づけられた言葉ではある。しかし、伊集院の「中二病」とウェブ上の「厨房」との間に直接の語義の交感があったかどうかは定かでない。伊集院リスナーと大規模掲示板常駐層との間には重なる部分が当然ありそうだが、一方(後者)の母集団が桁外れに大きいので、ここは軽々に連絡を見るのは控えておく。ただ時期の一致を確認するだけにとどめよう。

シーズンになると現れる

さて上の「消防、厨房、工房」の中でも頻用される「厨房」の一語はさらに新たな展開を経る。「〜厨」という形をとって、接辞・造語成分となり、新語の礎となっていくのである。

その中でも最初期のものにして典型的な例が「夏厨」である。

「夏休みの中学生」がその原義であった。普段は学校に通っており日中や深夜はウェブ上に顔を出せない少年層が、夏休みになると暇を持て余して特定掲示板などにあふれ出し、往々にして到るところで「空気の読めない」新参者として所を得ない発言を始める。これに苛立った閉鎖的な特定掲示板常駐民が「夏休みに湧いてくる中坊」をあてこすって「夏の厨房」と呼んだ。前項のあめぶろでの書き込み (1999) にはまだこの形が残っている。そして時代は 2chの勃興を迎え、そちらを舞台に「夏の厨房」は「夏厨」との簡潔な表現形を得た。

語義からしても当然であるが、この語は夏に検索対象としてサーチエンジンへの問い合わせの数が跳ね上がる。グーグル・トレンドで見てみると、夏の初めに毎年、検索語としての「夏厨」が膨大なヒットを稼ぎ、結果として櫛の歯のような形のちょっと類例を見ないグラフが書き上がる。

Capture d’écran 2015-07-11 à 15.37.41

これは夏になると例年「夏厨」が湧き、それを常駐民に腐され(「夏厨は帰れ」「宿題終わったのか」「10年 ROMってろ」)、憤慨した「夏厨」が「なんか馬鹿にされたが『夏厨』ってなんだ?」と検索にかかる——こうした経緯が年中行事として繰り返されている、ということが想像される。

ここで「夏厨」の範例を見ておこう。

俺みたいな中3でグロ見てる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは

上は2011年07月26日に現れた衝撃的なまでに模範的な「夏厨」の例である。すでに著名なものではあるが、ご存じ無かった向きは全文を是非確認していただきたい。文体も緊密で「真性」でなければ出せない味わいがある。いくひさしく語り継がれていくであろう。

造語成分としての「〜厨」の成立

あまりに素晴らしい実例を 2011年に瞥見したため時代が前後したが2000年代初頭まで話を巻き戻して、接辞としての「〜厨」が人口に膾炙するプロセスを辿ってみよう。

「夏厨」そのものの原点をまだ明らかにしていないが、上で触れたグーグル・トレンドに垣間見るかぎりで、遅くとも2004年夏期には一般化しているとおぼしき検索数を誇る。この2004年の一般化という年号は定量的な配慮から上げたまでで、文証としては2000年には「夏厨」は観察される。

簡単に追ってみよう。2000年夏にはもう夏厨は「夏休み名物」の扱いである。以下リンク先は文証のログとする(結局武豊の最強馬はなによ??):

271 名無しさん 2000/08/19(土) 11:24
これが夏休み名物の夏厨です。
皆さん、こうならないように気をつけましょうね

同様に2000年夏に(AIWA(アイワ)のが壊れちゃったよー)「消防」との併用が注目される:

65:61:2000/08 /25(金) 00:20 63 そんなことは消防でも知っとる。だから?を付けたんだよ!
それくらい、aiwaはSONYの所有ブランドみたいな感じだったって事。
挙げ足取りのピ夏厨は逝って下さい。(ワラ

2002年には既にスレッドタイトルにも用いられる既知事項となっている(【緊急】夏厨対策スッドレ【重要】):

【緊急】夏厨対策スッドレ【重要】
1  =sage=02/07/07 15:23
夏厨が立てるクソスレの対処方法

この段階ですでに「夏厨」の語義はほぼ完成しており、あわせてスレッドを立てた「1氏」は「スッドレ」なる珍妙なタイポを咎められて、自分自身が「夏厨」呼ばわりを受けるというカウンターパンチをこうむることになるわけである。

こうしてすでに前世紀末には「夏厨」は成立し、今日同様の意味を獲得して蔑視の対象となっている。だが、まだ「〜厨」の新語生産力はまだそれほど強くはなかった。例えば「春休みに出没する厨房」すなわち「春厨」はおそらく夏厨に続いて早期(遅くとも2004年)に成立していたはずだ(春厨がマジで多いのだが・・・。):

春厨がマジで多いのだが・・・。
1 : Name_Not_Found 04/04/03 05:01 ID: ???
自分の管理してるサイトに春厨がやってきてしまいました。
掲示板&お絵かき掲示板(特にお絵かき掲示板)が使い物にならなくなりました。
春だなぁ・・・・・・・・・・・

……しかし、その定着が検索トレンドに確認できるようになるのには 2007 年春期を待つ。同様に「冬厨」は 2007年には文証を見る(はてな匿名ダイアリー「年末 冬厨 リア充」)が、トレンドとしての定着はさらに 2009年と遅れる。

一方で、後に触れる「割れ厨」(管理人の部屋)「教えて厨」(「教えて君」「教えてチャン」の基準?)などは比較的古株であり、遅くとも 2003年には各々に付したリンクに文証を見るうえ、「春厨」などより早く 2007年初頭には検索語としてトレンドに登場している。ほかに「自治厨」がトレンドに乗るのが 2009年ごろから。

2002年から今日(2013年09月現在)まで生き延びている長命スレッド「動画圧縮コーデックは何使ってる?」にはこうした経緯がかなりはっきり刻み込まれている。すなわち2002年の段階で蔑称としての「厨房」が登場し、2004年には「厨」は独立した語として用いられている。さらに同じく2004年08月には「XviD厨」「ny厨」「キャプ厨」「エンコ厨」「コーデック厨」「ダウソ厨(原文では半角カナ)」などが続々登場し、やはり 2004年をメルクマールに「〜厨」という造語法が、違法コピーや違法共有・ダウンロードのマニアの間では「通用」していることがよく判る。

時系列を整理すると

1970-80 年代
中学生を「中坊」とする用法が広まる
1996 nifty serve
ウェブジャーゴン「厨房」の誕生(本稿では未確認)
1999 あめぞう
「夏の厨房」最古の文証
2002 2ch
「夏厨」成立、「厨」が造語成分として用いられる
2003 2ch
「割れ厨」「教えて厨」など、新語の基盤となる
2004 2ch 他
クラッカー界隈で「厨」が侮蔑語造語成分として頻用される
2007 2ch 他
「春厨」「冬厨」など適用範囲を拡大、「〜厨」一般が定着

「〜厨」の新語生産性

新語の基盤となることで「〜厨」は、もともとの「中学生」の意味から、「程度の低い書き込みをする馬鹿」というほどの、より一般的な罵倒表現としてのステイタスを獲得することになる。この遷移はとりわけ上で触れたように 2ch の違法ファイル交換関連の諸スレッドで急速に進んだ。「〜厨」の成立は、技術的な傾きを持つ「裏情報」をやりとりする場所では 2004年にはほぼ完了している。2004年以降に「〜厨」と人を嘲弄する例は、相手を「中学生」呼ばわりしているのではなく、明確かつ痛烈に「愚か者」呼ばわりしているのである。この両者(「お前は中坊」VS「お前は愚か者」)は、ときに重なることがあるにせよ、本質を異とするものである。今回の「流行語の変転」というテーマで何度も見られた、「起源が忘れられてからが本当の流行」という理路がここでも見られる。

さらに 2010年ごろになると「〜厨」という語構成によるニュータイプ罵倒語は 2chを中心にインフレーションを起こし、その造語生産性は指数関数的に高まっていく。今日では、なにか気に入らない現象が一つあれば、その現象に「〜厨」の一字を足して「××厨」と名付けることで、いとも簡単に新規の罵倒語を拵えることが出来るまでに到った。

このようにして新たに作られた罵倒表現の例を瞥見してみよう。

生産性をもつ「〜厨」

接辞「〜厨」の勃興に力あった「割れ厨」「クレクレ厨」「教えて厨」という実用例はいずれもクラッキング界隈の隠語として広まったものだ。この「界隈」にはその後、驚くべき用例が生じた。「購入厨 (2007-)」である。

すなわち脛に傷持つ「ワレザー(=割れ厨)」側から、ソフトウェア製品を「購入する馬鹿」を腐す用法が見られるようになったのである。「割れば」手に入るものを金子をはたいて購入する情報弱者「購入厨」、というわけである。これには「〜厨」呼ばわりされた方も驚いたことだろう。

さらにたまげたことには、斯界にはゲームなどの制作者を指す「制作厨」という言葉まであるらしい。ユーザー、ゲーマーたちにはゲーム制作者なんて言うものは神にも等しい存在かと思っていたのだが甘く見ていた。「購入厨」を馬鹿にする、返す刀で「販売厨」、さらには「制作厨」まで撫で斬りである。まさに神をも恐れぬ所業。キリスト教圏に追いやった日には唯一神のことも「創造厨」などと腐しはじめるのではないだろうか、捨て身にも程がある。

さて、このころ「〜厨」という表現は「中学生」を指していた原義から完全に離れ、ただ論敵を腐すための「罵倒の接尾辞」として働くことになった。こうなればあとは、何にでも融通無碍にくっつくようになる。

「ニコ厨」があれば「ボカロ厨」があり、はやりもののサブカル作品にはたいてい「厨」が付く。売れ線の作品の数だけ「〜厨」がいるということになる。「エヴァ厨」「禁書厨」「まどか厨」……今現在(2013年末)ならさしずめ「艦これ厨」がホットだろうか。「図書魔女厨」は……まだきてない(涙を拭きながら)。

「懐古厨」や「昔は良かった厨」などという用法を見れば「〜厨」が中学生を指していたことはほぼ忘れ去られて久しいと判る。ちなみに「リアル中学生」のことは「リア厨」などと呼ぶ例があり、「厨」の一字だけではもはや原義を支えきれなくなっている傍証である。

「〜馬鹿」とは違うのか?

自由に後置前接して罵倒表現をつくる語彙要素としては、ほかに「〜馬鹿」がある。しかし「〜馬鹿」にはまだ好意の片鱗が残っている。「サッカー馬鹿」「野球馬鹿」「漫画馬鹿」。「バカ一代」まで行けばもはや開き直りも極まる。これと決めたものに一意専心する者を「〜馬鹿」とする用法にはまだしも愛情が感じられるのだ。突き抜けた愛好家、求道者に対する積極的な評価のニュアンスがある。

だいたいラブコメ厨からすると「もう、バカ」というのは基本的に好意の表現である。ダイス船長だって「バカね!」と言われるからデレデレになってしまうのであって、これがモンスリー女史に「厨ね……」と言い放たれた日には海の男も膝を折ること間違いない。orz である。余談だが orz という文字列のことを中国語では「失意体前屈」と呼ぶ。本当である。

そこへいくと「〜厨」の方は蔑視一本槍。ツンデレ要素は毫もない。

対立する両陣営がそれぞれ「厨」

上の「購入厨」や「制作厨」に見たように社会的には奨励されるような行動類型すらも、対立論者のとっている挙措であれば「〜厨」の付加によって即座に罵倒語となる。

かくして「働いたら負けかなと思っている」層から、「はたらく馬鹿」を腐すことば「労働厨」が投げつけられる。「社会に寄生するのが得策」と居直る層から見れば「まじめに税金を払う馬鹿」は「納税厨」である。さまざまな対立軸の両陣営が互いに厨呼ばわりを投げつけ合うという悲喜劇が、そこここで繰り広げられている。

2011年には原発事故の影響下に「危険厨」と「安全厨」が対立した。この対はのちに用いられなくなり、新語「放射脳」と従前からの「御用学者」が安定した対立を保ってこんにちに至る。

かくして「割れ厨」がいれば「購入厨」がおり、「危険厨」がいれば「安全厨」がいる。北に「うp厨」がいれば、南に「通報厨」がいる。東に「嫌煙厨」あれば、西に「喫煙厨」あり。 

「厨って言ったら自分が厨」

世の中には馬鹿が多い。世間を見ていれば「自分以外は馬鹿ばかり」これが俗情である。そして、我々(それがどこの「我々」であるかはともかく)が「馬鹿である」と評価している者たちの方も、えてして「我々」を馬鹿であると考えているものだ。

「世の中には働かない馬鹿がいる」と思う人がいる一方で「世の中には働く馬鹿がいる」と思う人がいる。「悪い事をする馬鹿がいる」と考える人がいる一方で「悪い事をしない馬鹿がいる」と考える人がいる。「〜に拘らない馬鹿がいる」と人が思う時、となりには「〜なぞに拘る馬鹿がいる」と思う人がいる。ことほど左様に、太郎の言う馬鹿は次郎の言う賢明、逆もまた然りである。理屈と膏薬はどこにでもつくと言うが、「馬鹿」もどこにでもついて憚らないものなのだ。

したがって現代に産まれた新しい罵倒語「〜厨」が、何にでも適用可能なのは言を俟たない。そして罵倒する彼我を入れ替えれば、同じ「〜厨」の一語で当の相手を論難できるのも理の当然である。「〜厨」の外延インフレーションが生じるひとつの原因がここにある。「〜厨」は対立する双方が相手に向かって投げつけることの出来る罵倒語なのだから。昔懐かしい言い回しで言えば「馬鹿って言ったら自分がばか」、つまり「〜厨っていったら自分がちゅう」ということになる。この事態をここでは「厨の相互性」と名付けておく。 

厨の相互性

歴史的には「〜厨」の原点、「夏厨」に対してすでに「夏だなぁ厨」という言葉が産まれていた。常駐スレッドに夏厨が雲霞のごとく押し寄せるさまを当てこすって「夏だなぁ」と腐す常連がいる。その時、この古株面、先輩面そのものが愚昧な挙措だと人目に映れば「夏だなぁ厨」のレッテルが貼られる羽目になるのである。

だいたい夏厨が押し寄せるスレッドというのがそもそもしょうもない場所に他ならないという前提がある——万人にとっての喫緊の問題を論じ合う言論空間などにそうそう夏厨も足を踏み入れまい。それなのに、そんなところで古株面しているっていうことそのものが、そもそもどうなの? そんなところに常駐しているっていうことそのものが、そもそもどうなの?

といった具合で、夏厨を腐したつもりが、足元の弱さを指摘されれば「夏だなぁ厨」の方が、中長期的に見てまずい立場であったりする。上の引用部にも「春だなぁ厨」の実例が含まれていたことに既にお気付きであろう。

自戒をこめて言えば、2ch のような大規模掲示板の「作法に通じている」ことなど、恥でこそあれ、威張るほどのことではないのである。「〜厨」をくさすことは文字通り諸刃の剣。「厨呼ばわり」は容易に自らの方へと跳ね返ってくる。

かくして、ことさらにひとを「厨呼ばわり」する者のことを「認定厨」と腐すことになり、この小文のように「〜厨」に異様な注目を寄せる者のことは「厨厨」ということになる。いずれも現用のある言葉だ。

中二病と厨二病、そして「〜厨」

ここで小文の本来の関心に立ち返っておこう。これまで都合三回にわたって眺めてきたのは、「流行語の語義変遷」という主題であった。

流行語の語義は使用者の拡大にともなって、先鋭化したり膨張したりする。原点から遠ざかるにつれて内包が片極化したり、外延がインフレを起こしたりするのである。

では「厨」についてはどうだったか。

「中二病」と「厨房、〜厨」の用法推移は、それぞれ正反対のベクトルを持っていた。「中二病」は語義を狭めることで現在の位置に辿り着き、かたや「〜厨」は極度の抽象化を果たして造語成分の地位を確立した。

「中二病」の一語が時代を経て順次その意味を狭めていったことは、前エントリ「中二病、あるいは厨をめぐる用語史抄その1」に縷々確認した。自我形成期に一般的に起こる「さまざまな青春の勇み足」を自虐する……そうした伊集院の「中二病」が、いずれは罵倒語に変じ、さらには片極化を経て重篤症例の「邪気眼妄想」の同義語と化していく——そのプロセスは前エントリに追ったとおりである。どこまでも狭義へと語義を極めていくプロセスを辿っていた。

一方で「〜厨」の方は同じ「中学生」という含意を早々に手放し、より一般的で、より普遍的な「馬鹿」の代替物となり、はては造語成分として抽象化をはたす。いまでは「任意の語に付加して罵倒表現とする」という便利な接尾辞と化している。語構成要素「〜厨」は、かつて「〜馬鹿」「〜野郎」「〜ども」「〜ばら」といった語が担っていたような、「侮蔑的接尾語(スュフィクス・ペジョラティフ)」の機能をほぼ獲得している。集団性の含意があるところも前例のままである。

もはや本来の語義は霧散し、「ダメな奴ら」ラベリング・マーカーといった抽象化した意味役割を担うことになったのである。

かくして「厨二」と「厨」はほぼ同じ使用域(すなわち「ネット・ジャーゴン」)の中で流布しながら正反対の遷移過程を辿った。

だが我々はいまでも「厨二」にも「厨」にも同じ手触り……というか同じ臭いを嗅ぎとってもいるはずだ。正反対の語義変化プロセスをたどりながらも、この二語はまだ共通するニュアンスを残している。もっともそれは、それぞれの語彙の内的性質によるというより、別の来歴が二語に通底する臭いを齎していると見るのが妥当だろう。

つまりこの二語は遷移のベクトルこそ異なれど、いずれも「ひとを馬鹿にする」ことを主機能として、ウェブ上に拡散してきた語彙なのだ。これもまた流行語の宿命の一つ——「ひとを指さす」言葉は流行る。

この一事に二語は合流したのである。

こんな真面目な話をする気はなかったのだが、やや考えさせられるまとめになってしまった。うぅむ。

口直しに、もうひとつ「厨二」と「〜厨」が、とんでもないところに合流していることをお知らせしたい。

ところで「書厨」というものがある

この話のオチとして一つ覚えて帰っていただきたい言葉を紹介しよう。すなわち「書厨」である。これまでの行論からも明らかなとおり、接辞「〜厨」の意味は「〜にかまけてばかりいる馬鹿」ということである。

しからば「書厨」は「本を読んでいるばかりの馬鹿」というほどの意味の言葉ということになるだろう。実際そうした意味の言葉だ。

私自身にも、また当ブログの読者にも思い当たる節が、胸にちくりとくる部分があるのではないだろうか、この一語、「書厨」。

ただし「書厨」は今回見てきたなかでも、わりに成立の早い言葉であった。実は「夏厨」や「割れ厨」よりも早い。なみいる「〜厨」の中でも一番早い。

文証は六世紀に遡る。

典拠は中国正史二十四史の一、蕭子顕の『南齊書(南齐书)』陸澄伝。古籍の引用は繁体が好みなのだが『中國哲學書電子化計劃』には無かったので『汉典古籍』の原文該当部分にリンクしておく。原義「本箱」転じて、「漫然と読むばかりの馬鹿」という意味で用いられている。

澄当世称为硕学,读《易》三年不解文义,欲撰《宋书》竟不成。王俭戏之曰:“陆公,书厨也。”
(陸澄は碩学として知られるが、『易経』を三年読んで文意を解せず、『宋書』を書こうとしても結局果たせなかった。王儉がからかって言うには「陸さんは、書厨だ」)

まだ「夏厨」や「割れ厨」、あるいは接辞「〜厨」は辞書には登録されていないだろうが、こちらの「書厨」の方は「本ばかり読んでいる馬鹿」の意味で千五百年前から語彙として登録されている。

お手持ちの辞書で確かめてみていただきたい。陸澄こそ歴史上初めて「〜厨」呼ばわりされた人物ということになろう。

これはあれか、やはり「キサマ等の居る場所は既に——我々が1500年前に通過した場所だッッッ」ってやつか。中国拳法って本当にすごいですね。(まさかの結論!)

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Published in: on 2013/12/22 at 00:31  コメントする  

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