英仏間の二重語、再会する生き別れの兄弟

軽く英語史

英語史業界ではゲルマン祖語から派生したアングル、サクソン、ジュート人の言語を英語の元祖としており、ざっくり時代ごとにその後の変化を見ると、古英語(5c. – 11c.『ベオウルフ』など)の時代、中英語(11c. – 15c.『カンタベリー物語』など)の時代、近代英語(16c. – 19c. シェイクスピア以降)、二十世紀以降は現代英語などと分けている。

英語史では、上の古英語から中英語に移り変わる契機を 1066年のノルマン・コンクエストに見ている。ブリタンニアの地がフランス北部出のノルマン人に占領されたのだ。支配者階級がフランコフォン(フランス語話者)にすげ変わったため、国の上層階級を中心にフランス語系の語彙の大量流入が起こった。

今回の本論からは外れるが、この中英語期の「英語の変化」には大きく二つのテーマがあり、一つは上に触れた「フランス語大量流入」であり、もう一つは所謂「大母音推移」である。大母音推移というのは「ストレスの置かれる長母音の調音位置が高くなる」という推移である。例えば「アー」が「エー」に推移したりする。もとより高い「イー」はこれいじょう上には移れないので「アイ」に推移したりする。「ナーメ name」と綴って「ネイム」と読んだり、「ティーメ time」と綴って「タイム」と読んだりするのは、だいたいこの大母音推移の結果だった。英語綴りを読むのが厄介なのはこの時代の大母音推移の所為なんですね。迷惑ですね。

閑話休題。

由来の異なる同義語の併存

さて、上のノルマン・コンクエスト以降の語彙流入のために英語には、A)ゲルマン諸語系の語彙と、B)ロマンス諸語系の語彙と、ほとんど同じ意味の言葉が二つ並んでしまう例がたくさんある。ちょっと並べてみよう。

A) B) A) B)
behaviour action holiday vacation
big large mistake error
blossom flower old ancient
bug insect seem appear
build construct shop store
buy perchase sight vision
come arrive snake serpent
eastern oriental wed marry
freedom liberty weird strange
gift present western occidental
give provide youth adolescence

このように語彙の二層化が生じると、いきおい人は両者にニュアンス付けをして微妙に「使い分けていく」ようになる。一方が日常語になり、他方が学術語 (mot savant) になったりすることも多い。例えば buy と perchase などでは、訳し分けるなら「買う」と「購入する」と言ったようなニュアンスの差違が生じている。ここではゲルマン諸語系の語彙の方が日常化して、他方を「より専門語的」に仕上げたわけだ。生存競争(使用頻度)から言えば buy の圧勝だろう。

語彙流入の経緯からしても、後発のロマンス諸語系の語彙が学術語を受けもつ傾向が大きいのは事実であるが、もちろん逆の場合だってある。blossom と flower のペア、behaviour と action のペアでは後者のロマンス諸語系語彙の方が日常的になった。これらでは後者が生存戦略上圧勝している。

mistake と error のペア、gift と present のペアなどでは、両者拮抗してどちらの優位も認めがたい。

生き別れの兄弟

上のような例では大概は由来の異なる語彙が、英語における「一つの意味」をめぐって、ゲルマン諸語対ロマンス諸語の間で奪い合いを繰り拡げているといった具合である。しかし中には「由来の異なる語彙」とは言えないものもあるのだ。ゲルマン軍とロマンス軍の両雄が……生き別れの兄弟だった、というようなことが。

おなじ語源に遡る、事実上の兄弟語が、A)ゲルマン諸語系の分化を経たものと、B)ロマンス語系の分化を経たものと、遠く時代を隔ててノルマン・コンクエスト以後の英語の世界に二つ並んでしまう例がある。そうしたものを二重語 (doublet) と読んでいる。

もちろん二重語は英語に限った話ではない。フランス語内部でも二重語はよく生じる。「natif と naïf」とか「attaquer と attacher」とか「créance と croyance」とか。

ただ、英語においては中英語期のラテン語系語彙の流入の影響が大きかったので、上で強調した「ゲルマン対ロマンス」の綱引きが微妙な陰影を二重語に与えることになる。chamber と camera とか、chart と card とか、fashion と faction とか、これらはいずれも、A)英語にモディファイされて特定の意味を担うようになった前者と、B)ラテン語からじかに借用した後者が、英語の中で併存・雁行しており、部分的に重なりながらも截然と区別されている。

こうした二重語の好例が「刑務所長」と「看守」である。

A)warden「刑務所長」と、B)guard「看守」は語源が同じものが、時を経て英語に合流した例である。見た目が随分違うのに同語源。しかも……同じ施設に奉職することになったという運命の皮肉がここにある。

刑務所長と看守……どこで運命は分かれたのか

この warden と guard はインド・ヨーロッパ祖語の再構形として、紀元前千年紀以前からあった(とされる)語根 *swor という形まで遡る。

印欧語比較文法のタイムスケールは大体こんな感じで、斯界の泰斗アントワーヌ・メイエなどを読んでいると「これは紀元前100年ぐらいの『ごく最近に』起こった変化である」とかさらりと書いている。もっとも古生物学者なら百万年前は「ごく最近」だろうし、地質学者なら1億年ぐらい遡っても昨日みたいなものだろう。

*swor には *sor *wor といった変異形もあるとのこと(シャントレーヌ『ギリシャ語源辞典』)。ロベールから出ている『フランス語語源辞典』では同じ語根を ºswer, ºser, ºwer と表記。意味は「見る、見守る、側で番をする」ということで、日本の古語の「守(も)る」なんていう言葉がほぼ *swor の意味を全て掬い取ってくれそうだ。

印欧語全般にこの再構形 *swor の成れの果てが観察できる。古典ギリシャ語では ὁράω ホラオー「見る」なんていう単語がここから来ている。語根の頭のとこの発音が問題で, *sw- っていうのをギリシャ語では ὁ ホと気音で処理したわけだ。ラテン語では vereri ウェレーリー「恐れる・尊重する」という単語がここからきている。ラテン語では問題の部分の発音をウォなんていう半母音で処理している。

warden までの道のり(ゲルマン諸語の旅)

ゲルマン祖語の再構形では *swor の成れの果ては ºwardôn という形である。この語は前述のように「じっと見守る」というほどの意味であるが、ここから warden までは迷わず辿れそうだ。古高ドイツ語では「第二次子音推移」が既に生じて形は warten「見守る、そばで護る」といったところか。中高ドイツ語にいたって、warten の意味は「注意を払う」ぐらいにずれてきたらしい。同じくゲルマン系の中オランダ語では waerden で、意味はもう「監視する」。現代ドイツ語では warten、これは中高ドイツ語から殆ど変異が無い。

現代英語には語源に忠実な ward という語が残るが、中オランダ語の語形と語義の方に、すでに強い連関を持っている。ward は「保護・監督」が語義の中核をなし、warder とか warden つまり「森林監視員」とか「刑務所長」などといった派生語がここから生まれた。

ODE 他、多くの辞書では前項 warden の語源を中英語期にアングロ・ノルマン混淆フランス語、あるいは北部古フランス語の wardein に紐づけている。プログレッシブ英和における guardenc は誤植か。

次項で触れるとおりロマンス諸語系では、同語源の語が gard- という語形に遷移するのだが、同じロマンス語圏のなかでも北の方に行くと war- の音が残存している。例えばピカルディー方言には warde、さらにワロン語(ベルギー南部のフランス語方言)では wârdé, waurdé というゲルマン系の語源に近い形が残っている。

ピカルディー地方やベルギーに残る warde, wârdé のような形を見ると、英語 warden の直接の語源を北部古フランス語における guarden の別形 wardein とする説もがぜん説得的に見えてくる。

語基 war-d/t という形はゲルマン諸語では長らく安定した形を見せており、語義の片極化も一貫した流れを見せていた。オランダや「ブリタンニア」では件の第二次子音推移から独立しているのも一貫性の内であり、ゲルマン諸語の内部だけでも warden に続くルートは用意されていると見えるのだが、要するにオランダ、ベルギー、北部フランスといった、イギリスの対岸にあたる地域に warde といった形が保存されており、そことの接触が英語における warden の淵源となっているということであろう。

guard までの道のり(ロマンス諸語の旅)

フランス語などロマンス語諸語では19世紀リトレの記述では古高ドイツ語 wartên(リトレではこう表記している)の語根 war を語源とし、そこからイタリア語 guardare、スペイン語 guardar、プロバンス方言の garda、ブルゴーニュ方言の gade などという形が順次派生していったことを指摘する。

ゲルマン諸語系の war- がロマンス諸語系の gar- に変化するのはこれまた良く見ることであり、英国の William、ドイツの Wilhelm が、フランスの Guillaume、スペインの Guillermo、イタリアの Guglielmo になるのと同じ理屈である。ウィリアムとヴィルヘルムとギョームとギレルモとグリエルモはみんな同じ人です。

フランス語から英語に逆輸入

さてこの war-「見守る」を古フランス語はどう処理したかというと,ゲルマン語 ºwardôn から持ってきて、まず語頭の子音を g- に変えてしまった。そして元々の「見る」という意味を派生語の esgarder, さらには regarder「見る」——これが今日いちばん普通の「見る」——に任せて、garder をもっぱら「監視・監督・保護」の意味で用いるようになる。

この garder の形がノルマン・コンクエスト以降に英語に流入して ward と並んで guard の形が常用に供されることになる。今日 guard の方が名詞としても動詞としても「普通の単語」と言っていいのではないだろうか。

ともかくこの guard は英語の源流ゲルマン祖語からいったん支流にわたって加工された、フランス訛りの逆輸入品だったというわけだ。こうして英語の中に遠く祖先を等しくする、生き別れの兄弟の感動の再会(えーとこの比喩は論理的に妥当なのかな…)という現象が生じる。だが……離れ離れになっている間にお互いに容姿はずいぶん似つかぬものになり、辿りついた刑務所という職場においては立場に随分差がついた。

立場の差

guard の方は大陸でラテン語の影響下に揉まれているうちに「見る」は止めて「監視」や「保護」に役職を特化してきた。姿形が随分変化しているあたりに生い立ちの苦労が偲ばれる。

ward- の方はあまり派手な装いの変化はなかったが、やはり同じような語義の狭まり方を見せている。上でちょっと触れた「北部フランス語」との接触が影響したということかもしれない。

いずれにせよ、なるほど兄弟だけあって、遠く離れて暮らしていたにも拘わらず、身過ぎ世過ぎの方針が同じである。だがそれなのに warden は刑務所所長の地位にまで上り詰めたのに guard の方は一介の看守に過ぎない。どうして立場の差が生じてしまったのか。

思えば guard の方は、きわめて一般的な語彙で、日常生活からスポーツ・アクティヴィティまで、いたるところで使用される基礎語の一つとなった。ガードレールとかガーディアンとか派生語にも事欠かない。苦労が長かっただけに庶民的である。

豆知識だが「ガードマン」は和製英語で、英語なら guard だけで日本語の「ガードマン」の意味である。guardsman という単語は存在するが「近衛兵」の意味で「ガードマン」とは別物、-s- に注意。guardman という英語は無い。

はなし戻って、しかし皮肉なことに、この庶民性が出世の妨げになった部分はあるかもしれない。

冗談はともかくとして、warden と guard はほぼ同じところから出発しながら、遠く離れて暮らすことを余儀なくされ、紆余曲折を経て運命的にも同種の職業を選び、そして英語の世界で同じ職場に再会したわけである。

しかし言語の世界には真の意味での「同義語」というものは無い。同じ意味に見える二語にも必ず偏差が刻まれ、ニュアンスが生まれ、使用域が隔てられる。それが「元は同じ言葉」だったとしても、それであればこそなおさら、再び同じ言語の世界に邂逅した二語の間には、立場の差が如何ともしがたく生じてしまうのである。

刑務所長と看守のように。

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Published in: on 2015/04/05 at 00:31  コメントする  

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