看板に偽り? 地名を含む料理や食品

「日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)交渉で、EU は域内にあるワインやチーズなどの有名産地名を使った商品名約200件について、勝手に使えないようにすることを求める方向だ。合意内容によっては、日本で定着した商品名が変更を迫られる可能性がある。

特定の産地名を商品名などに使う権利は「地理的表示」(GI)とよばれる知的財産のひとつ。

EU は域内にブランド価値が高い産地名を使った食品やお酒が多く、いまのところ、日本に対して205件の商品名の使用制限を求める方向で加盟国と調整している。 朝日新聞が EU 関係者から入手したリストには、フランスのワイン産地に由来した「シャンパン」や「ボルドー」、イタリアのチーズ産地に由来した「ゴルゴンゾーラ」や「パルミジャーノ・レッジャーノ」、英スコットランドの「スコッチ・ウイスキー」などが挙がっている。」(朝日新聞web版 2015/02/26、ただし英数全角を半角にした)

産地を嘯いてしまっている製品は、げんそく詐称ということになる

シャンパンという名前が使えなくなるのは、ある意味当然か。

言うまでもないことだが本来は、シャンパーニュ地方のものだけ(しかも審査を通ったものだけ)がシャンパンである。 ヨーロッパでは原産地呼称統制(例えばフランスでは AOCやAOP、イタリアでは DOP や DOCG)というものがあり、仮に御当地の原材料を使い、正しいレシピや製法に従ってかなり再現度の高いものを作ったとしても、箔つけに地名を僭称することは許されない。

日本ではフランス各地の発泡ワイン vin mousseux 全般を「シャンパン」と言ってしまいがちだ。それどころかドイツの「ゼクト」や、スペインの「カバ」やイタリアの「スプマンテ」のことも、「ドイツのシャンパン」、「スペインのシャンパン」、「イタリアのシャンパン」などと説明しがちである。これなどはフランス人が聞いたら目を白黒させるだろう。「韓国産の灘の生一本」と言っているようなものである。

フランスの発泡ワインには Crément という名のものもある。辞書では「低発泡ワイン」と訳されており、19世紀のリトレにも「泡が軽くて少なめのワイン」と説明されている。とくにブルターニュやアルザスのものが有名なのだが、これも「アルザス地方のシャンパン」などと紹介されがちで、アルザシァンが目を剥いて抗議してきそうだ(一般にアルザスっ子は歴史が歴史だけに郷土愛が強烈であるとされている)。「アルザス地方のシャンパン」は「北千住の甲州十勝ワイン」みたいな話だ。いや……この比喩は論理的に妥当なのかな……?

それどころか発泡ジュース(シャンメリーなど)のことも、日本ではともすれば「シャンパン」、いやここはもう少しおやじ臭く「シャンペン」と言っている。これなどはファンタ・グレープを「ロマネ・コンティ 1985年物」と言っているようなもので、ファンタ・グレープに200万円の値段が付きかねない。

地方独特のレシピ・生産法を取り入れたものは許してほしい

しかしである。

研究して、試行錯誤して、さんざん頑張って似たものが作れるようになったんだから、お目こぼし頂きたいと考える向きも多いのではないか。 地理的表示の僭称ではなくて、むしろ到達目標であり、紹介の意味があったということだ。肖(あやか)った、と言っても良い。

日本産パルメザン・チーズ、日本産ブルガリア・ヨーグルトなどはこれにあたるか。ブルガリア・ヨーグルトについてはブルガリア政府のお墨付きだそうだが、パルメザンは上の記事によれば咎められている。もともとワインとチーズは産地呼称の制限が厳しい品目である。つまり「産地で買う」ものだからだ。

冒頭の報道によれば、あわせてスコッチ・ウィスキーが論われているそうだが、なぜだろう? 日本産ウィスキーはスコッチを名告ったりしているだろうか? 産地詐称どころか、本場スコットランドの製法に忠実な正統派の製品を送りだしているとかえって評判である。フランスの酒飲みの間では日本は「スコッチ『系』ウィスキーの本場」と見做されている。なかば冗談めかしての話ではあるが、すでに定評を得ているのは事実である。ウィスキー好きのあいだでは「イビキ(響の意)」とか「ヤマザキ」とか、よく知られている。ニッカなどその辺のスーパーでも高値で扱われている。

そもそも、料理や食料品の名前と言うのは余所に伝われば、もともと「特産地」を冠するのが普通なのであるから、地理的表示の厳格化というのには限界がある。「産地の詐称」は問題だけれども、例えば上の日本のピュア・モルト・ウィスキーは自分から名告らなくとも「スコッチの傑作」という下馬評を得ている例なのである。

極論すれば、たとえば仮にハンブルクから文句が来たら、ハンブルク産でないものについては「ハンバーグ」、「ハンバーガー」が使えなくなるというのだろうか。 もちろんある種の食品においては「産地」はすなわち「ブランド」であり、「肖って」勝手に名のられてはたまらない、という原産地の気持ちも判るけれども、ことは難しい。

これは「産地の詐称」なのか、単に特別なレシピや製法を「説明している命名」なのか、ということが簡単には切り分けられないだろうから。

産地を名告ると言うよりは

料理、食料品に付せられた産地名はもともと一種の「イメージ戦略」によっている節がある。 食品と言うものはすぐれて「イメージ消費」の対象となるものである。 だから実体を反映しない命名も大変多いのだ。そういう場合は「産地を争う」意味があるだろうか。

ベルギーワッフルはホントにベルギーの街頭では普通であり、楕円形の簡素なものは「リェージュ・ワッフル」。我々が思い浮かべる四角の型押しのものは「ブリュッセルワッフル」と言う。しかしベルギー産のものしか「ベルギーワッフル」と言ってはいけないということになったら、ずいぶんと味気ない話だ。

フランスパンなどはどうするのだろう、あるいはフレンチフライなどは。それはどういう食品、どういう料理であるかの「簡潔で明快な説明」であって、これを「詐称」と見るのは馬鹿馬鹿しいだろう。やはり「地理的表示の厳格化」には一定の制限が必要だ。

おそらく落とし所は原産地呼称統制の有無に依るというところになるだろう。

小論では「地名」を添えた食品や料理の「原産地との関係」に注目して、むしろ、そこここに見られる混乱と無秩序に遊んでみたい。

ソーセージの地域性、特にフランスのソーセージの名前の混乱

「フランクフルト」、「ウィンナー」などは地理的表示厳格化の観点からはどうするのか。さらに言えば「アルト・バイエルン(古バイエルンの意)」などはどうするのか。これを産地の詐称と見るものは誰もいないだろう、単にソーセージの「種類名」として、「下位カテゴリー」として既に成立している。

シャウエッセン(日本ハム)とアルト・バイエルン(伊藤ハム)はフランスにも輸入すべき。食べたい。ちなみに「シャウエッセン」はいかにもドイツ語っぽいですが日ハムの造語だそうです。(この段、不用意な発現を削除しました。本場のソーセージより美味いという旨を書いてあったのですが、考えてみたら本場のソーセージを食べ尽した経験があるわけじゃないからな)

さて、ソーセージの種類を地方色によって区別するのは、フランスでもやっている。

まずソーセージ一般はソシッス(サラミ風のものはソシソン)というが、これを細分化すると次の通り。 太さ2〜3センチのやつで煮てあるやつは「アルザス」(日本のフランクフルト相当)、おなじようでも羊の腸が透けている粗びき生のやつが「トゥールーズ」、細くて長くて練り物っぽい具になってる、煮てあるやつは「ストラスブール」(日本のウィンナーに近い)で一名に「ナック」、そのほか細目の粗びきソーセージは「シポラータ」(玉葱は入っていない……シポラはイタリア語で玉葱のことなのだ。トスカーナの玉葱のコンフィを添えたソーセージ料理から混同によって定着したと見られている)、ほぼ同じものでも具に羊が入って赤トウガラシが添加されると「メルゲーズ」(アラビア語由来)といった具合。かなりいい加減に言い分けられている。シポラータにハーブが入ると「シポラータ・オ・ゼルブ」ではなく「ソシッス・オ・ゼルブ」、鴨肉が入ると「ソシッス・ド・カナール」、いちいち混乱があるが、肉屋のカウンターの前で混乱しているのは私ぐらいのようだ。

フランスのソーセージは一般に長くて、日本のウィンナーのような短いものは少ない。短いものはなぜか「コクテル cocktail saucisse」と呼ばれている。楊枝を指してカクテルパーティーに出すから、ではないだろうか。

ともかくソーセージの種類でストラスブール(東北)からトゥールーズ(南西)まで縦断して、はてはイタリア語やアラビア語まで混入している。それにしても豚肉屋(シャルキュトリ)のカウンターは本当に混乱の種である。同じようなものにしか見えないものがぞろっと四、五種類並んでいるのだが、それがあるものはシポ、あるものはソシッス、あるものはメルゲズ、あるものはまたソシッスで、曖昧な注文をすると「ソシッスの元」つまり「豚ひき肉を練ったもの」を渡されたりする。欲しい物を過たず入手するには、ちょっと慣れが必要だった。

地名物スパゲッティ総まくり

ついで舞台はイタリアである。パスタ・ソースによく地名が付いている。

スパゲッティ・「ナポリタン」はナポリにはないというのがなかば定説化しているが、こちらの方こそ俗説ではないか。ナポリ名物のパスタ・ソースは「ラグ・ナポリターノ」といい、ソフリット(オリーブ油で炒めた玉葱と大蒜)と肉とトマトのソースである。日本で出す「ナポリタン」ってだいたいそうしたものじゃないだろうか。強いて言えば魚肉ソーセージとケチャップが入るところが日本風ナポリタン独特のアイデンティティだろうか。たしか『めしばな刑事タチバナ』が熱く語っていたな(13巻だそうです)。でもラグ・ナポリターノを使ったソースであえたスパゲッティ(に限らないが)は、どうみても我々の知るナポリタンなんだけど。もちろん味わいには微妙な違いがある。なにしろ魚肉ソーセージが入っていないからな。

ソース・「ボロネーズ」は、実体は良く知られたミートソースだが実際にボローニャと関係があるのかと調べてみたら、本当にボローニャ地方の発祥だった。ところでカネロニのアッラ・ボロネーゼを作ってみたことがあるが、「穴に詰める」のにえらく苦労したんだけど、あれ玄人はどうやっているのでしょうか。なにか自然に入っていくような秘訣でもあるのかな。ちなみに私の場合は「まだ硬いカネロニを皿の上にびっしり立てて蜂の巣様になったところにソース・ボロネーズを上から載せて押し込む」という方法を採ったのだが、此方を押さえていると彼方が倒れたりして、作業の間中ずっと「玄人がこんなバカな遣り方をしているわけがない」と眉根を寄せていた。

「ジェノベーゼ」の実体はバジリコソースだがジェノバと関係があるのかと調べてみたら、「ペスト・ジェノベーゼ」は DOP(イタリアの原産地呼称統制)で守られており、議定書に「正しい製法」が規定されているほどのものだった。ジェノバ厳しいな。お父さんなんか大っ嫌い。突然に何を言いだしたのかと思ったら「母を訪ねて三千里」のまだマルコがジェノバを発っていない段階のサブタイトルでした。判るか。これは家人の指摘で気が付いたことですが、アニメ「母を訪ねて三千里」(1976) は高畑・宮崎コンビの才覚がすでにありありと伺われる傑作なのですが、この作品でもう一人、才能の違いを見せつけている演出家がいるそうです、誰でしょう? 答:富野由悠季(当時は喜幸)。「富野回」は特別面白いんだって。話戻って、ジェノベーゼの「本物」には松の実が必須です。

というわけでイタリア料理の地域名は意外と本場準拠だった。 巷間に「ナポリにはない」という俗説の行きわたっている「ナポリタン」すら私的認定としては本場準拠と見たい。

それからこれはパスタではないがミラノ風カツレツ「コットレッタ・アラ・ミラネーゼ」はミラノ市庁公認のミラノ料理。イタリアはなにか「お墨付き」に拘りでもあるのかいろいろ厳しい。地方ごとに仲が悪いからかな……

その一方で「アラビアータ」である。スパゲッティ・アッラッラッビアータ (Spaghetti all’Arrabbiata) である。このように発音するのが本式である、本当である。語源の arrabbiare はここでは「真っ赤になって怒る」。唐辛子が入っていて食べるとカッカするので「アラビアータ」。アラビアなめてんのかと思っていたら、アラビア関係なかった。

名前に反して、実は現地とはそれほど関係がない総まくり

現地とは「まったく」関係がなく、現地に行ったら影も形もみあたらないものすら、ままある。

「アメリカンドッグ」はアメリカ由来か? ソーセージにパンケーキ的な衣をつけて揚げ焼きにしたもののことだが、アメリカではコーンミールを用いるため「コーン・ドッグ」と呼ぶそうだ。日本人だけが、これを「アメリカン」と読んでいる。アメリカ人も困惑である。面白いことにほぼ同じ製法のものを北海道では「フレンチドッグ」と呼ぶそうだ。フランス人も困惑である。多方面に困惑を拡げている。

「トルコライス」はしばしば豚カツが入っており、政教分離の国とはいえイスラム教国トルコ共和国に存在する訳がない。かたや「トルコアイス、ドンドゥルマ」は純トルコ産であり、売っているのも本物のトルコ人が多い(はず。現況は知らない)。ただし「トルコ風アイス」は名前の通り烏賊物である、増粘多糖類で粘っている。

「ジャーマンドッグ」はドイツ由来か? たんにフランクフルト・ソーセージのような「太いソーセージ」はドイツっぽいっというだけの命名理由ではないか。

「ジャーマンポテト」はドイツ由来か? たんにベーコン入れるのがドイツっぽいというだけの……

「フレンチ・トースト」はフランス由来か? フランスでは「パン・ペルデュ」と言っている。 「フレンチ・ドレッシング」はフランス由来か? アメリカ産だそうだ。

フランス料理における「ソース・アングレーズ」はイギリス由来か? これはそうらしい。 「ソース・オランデーズ」はオランダ由来か? これもそうらしい。どうもフランス料理の命名法は手堅過ぎるかな、という気もしてきたが案外そうでもない。

「ソース・エスパニョル」はスペインとほとんど関係がないし、「ソース・アルマンド」もドイツと関係がない。

「ニース風サラダ」はトマトと大蒜を用いるところがプロバンス風ということなのだろうが、何が「ニソワズ」なのか、プロバンス風の間口がすっかり広くなってしまって、今となっては実体がない。

「スペイン風オムレツ」は実際スペイン経由で世に拡がったとおぼしく、ウマイヤ朝が伝播の媒体となった形跡がある。中東、西アジアの料理法と近いのだ。フランスでもスペイン風オムレツのことは「オムレット・エスパニョル」と呼んでいるのだが、面白いことに御当地スペインではプレーン・オムレツのことを「トルティージャ・フランセサ」つまり「フランス風オムレツ」と呼んでいるのだった。(ウィキペディアによる)

フランスでは不味いミックスベジタブルを「サラド・マセドワヌ」と言う。マケドニアなめてんのか。マケドニア人は怒る権利がある。また征服してしまえ、アレキサンダーのクローンでも復活させて。

それから不味い野菜入り混ぜご飯を「ワク・カントニーズ」と言う。広東なめてんのか。ありゃ百歩譲っても野菜ピラフである。 そういえば日本のラーメン屋では「五目うま煮餡かけラーメン」とでもいった様子のものを「広東麺」と称している。八宝菜が浮いているラーメンである。中華丼のラーメン版というか。現今知られている八宝菜は日本で発達したものだというはなしだが、発想の原点は広東料理に求めることが出来るとか。せいぜいそのぐらいの繋がりしかない。でもあれは美味しいので許される。いや、私が広東に代わって許しておきたい。なんたる身贔屓。と言うよりもむしろ、「何様」感が出てしまったな。「何様ゲーム」である。「一番と二番は面を上げて良い」

そういえば「天津飯」は天津にはなく、それどころか中華料理全般に例がないそうだ。純粋に国産中華料理。「国産中華」って言葉は語義矛盾がすごいけど、該当例が五万とありそうだ。

そもそもラーメンや焼餃子といった主力メンバーが軒並み「国産中華」ですか。 名古屋にあるという「台湾ラーメン」は台湾とは関係がない、純然たる名古屋飯だそう。

もう地名由来だったことなんか皆忘れているもの

「カボチャ」はカンボジア、「じゃがたら(じゃがいも)」はジャカルタ。「カステラ」はカスティーリャ。このへんが地理的表示の厳格化を要求しだすと大変だ。 それから「ハバネロ」はハバナ。

最後に食べ物の意外な語源について落ち穂拾い

ハバネロで思いだしたが、南米やアフリカなどに原産地を持つ食べ物には「語源」が忘れられたものが多いので、これを落ち穂拾い的に「お蔵出し」しておく(さりげない伏線)。食べ物の名前には原産地ばかりではない「原語」の風合いが残り続けることが多いのだ。名前をよく見れば原産地も分かる。

ナワトル語

メキシコはマヤ近辺のナワトル語。原アステカ語の風味を残す重要な言語である。 かなり興味深い split ergativity を示す例文を持っているので個人的に注目しているのだが、一般には「ナワトル語」などという言語名すら知らないひとが多いだろう。

ところが回り廻って地球の裏側、日本にもナワトル語を語源とする食べ物の名前がいくつか残っている。

「チョコレート xocolātl」、もとの意味は「辛い水、苦い水」。余談だがマヤ語には「チョコレート (cacao)」を意味する表意文字があり、なかなかクールな字面である。「チョコレート」っていう意味の字ですよ! 是非ご覧あれ。

「トマト tomatotl」、もとの意味は「ホオズキ」に近く、原種は黄色いプチトマトだったと言われている。毒草だとされており、観賞用に中米、西欧に持ち込まれたとか。これがナワトル語からスペイン語へと受け渡される過程で、いつの間にか(中央アメリカで栽培種となる)赤くなって大きくなって食用になった。

「アボカド」。ODE はナワトル語 ahuacatl を語源とする。一説にはもっと古い隣接言語まで遡れるそうだが、ここでは立ち入らない。「アボカド」を「睾丸」の意味だったとする俗説が広まっているが、これは話が反対で「金玉」のことを「おまえのアボカド」と洒落る例があるのが曲がって伝わったと思しい。原アステカ人だかユト・アステカ人だかしらないが、だいたい今の我々と似たような心性の持ち主だったのだ。しかし「おまえのアボカド」って、見てきたように書いてしまったが、きっと本当にこんなふうに言っていたんだろうなあ。

日本語にもなっている「煙草」「ポテト」「トマト」、フランス語の「アリコ(いんげん)」など、音の響きに似たものが感じられる。いずれもユト・アステカ語族、ナワトル語に淵源する。

これらの語彙が世界化したのは幾つもの言語への借用を経た上のことで、カリブ海のアラワカン系タイノ語、さらに中米スペイン語圏を経由して、西欧に伝わった。のちにアジアにまで文物と語彙を届けるようになる。届きも届いたり、チョコもトマトもアボカドも、いまや立派な日本語だ。

ポルトガル語

「バッテラ」は bateira で「ボート」の意。「コノシロの片身を開き舟形にした物を使った寿司を考案し、その姿がボートに似ていたことから」(ウィキペディア:寿司)。

「金平糖」は confeito で単に「御菓子」の謂だった。これは有名な話。今日「コンフェッティ」というイタリア語由来(だと思う)の「御菓子」の呼び方が上陸したので、「この御菓子はポルトガルから来たコンフェッティ金平糖です」という隠れた重言が生じることとなった。

あとは「天麩羅」の語源、これは諸説紛々だが、今のところもっとも流布している説はポルトガル語 temperar「味付けする」に由来するとする説である。ちなみにポルトガルには天麩羅にそっくりの Peixinhos da horta という料理(魚のフライ)があり、これをイエズス会が日本に伝えたという逸話が知られている。ところでポルトガル語では天麩羅のことをこんにち tempura と呼んでいる。どう使い分けているのだろうか。野菜を揚げると tempura で、魚だと Peixinhos da horta なのだろうか。 天麩羅については、さらに遡るとサンスクリットで पक्ववट pakvavaṭa と呼ぶ揚げ物料理、今に言うパコラがインド由来の料理としてあるそうだが、天麩羅の世界は奥が深過ぎてちょっと片手間には調べ切れなかった。梵語まで遡ってしまうと、中国語経由でアジア圏だけでも跡付けるのが難しくなりすぎる。

アラビア語

「コーヒー」、「シロップ」、「ソーダ」、「シャーベット」、「シュガー」、「アルコール」などいずれもアラビア語源。これらを単に英語だと思っていた人は反省が必要だ、英語は日本語にも似て、世界中の語彙を雑多に抱え込んだ混成言語なのである。

「サフラン」はアラビア語由来と聞いても誰も驚かないかな、もともとちょっと中東の香りがある。

あと食品を離れれば、アラビア語源であることが忘れられている語といえば、その筆頭は「如雨露(ジョウロ)」であろう。あとは日用品では「トタン」や「ソファ」など。「トタン」はよくポルトガル語由来とされているが、それは伝播経路に過ぎない。

ほかに「ゼロ」、「アベレージ」、「アルゴリズム」などの数学用語、「ガーゼ」、「カンフル」、「ギプス」などの医学用語がアラビア語由来であるが、中世アラビアが科学の先進地域だったことを知らないものはいないだろう。

こうした語彙がしばしばオランダ語起源(時にポルトガル語起源)とされているのはむろん蘭学やイエズス会のプレゼンスが江戸期に大きかったということに過ぎない。だいたい日本語の字引きで語源にオランダ語やポルトガル語を挙げているものは、単にそちら経由で伝わったといったほどの意味にとっておいた方が安全ではないか。

たとえば『大辞林』はこの項の語彙のほとんどを「オランダ語から」としている。これを「語源はオランダ語」と解すべきではないだろう……というか辞書の使命としては「もとはアラビア語で」ぐらいのことは言っておいてもいいように思うがいかがだろうか。

ロシア語

「イクラ икра」がロシア語だということは有名だが、「鮭の卵」のことではなくて「魚卵一般」を指す。したがって「キャビア」だって「チョールナヤ(黒)イクラー чёрная икра」である。セブルーガの高級品であろうとも、要はイクラーなのだ。

ところでキャビア caviar という語は、これ自体はフランス語だが、伝播経路を辿っていくと随分前まで遡れる。験しに行ける処まで行ってみよう。

スペイン語では cabial、ポルトガル語ではフランス語と同形で caviar、これらの直接の語源は、まずはイタリア語 caviale、さらに遡ってトルコ語 havyar「ハービア」、これで黒海・カスピ海の沿岸まで辿りついた。十九世紀リトレは同じトルコ語源を chouiar と表記している。

トルコ語はテュルク諸語の最大派閥南西語群に属する言語だが、語彙はアラビア語とペルシャ語の借用が多く、havyar の場合でも、さらに遡ってペルシャ語 khaviyar「カハービヤル」に起源を持つ。ペルシャ語まで遡るとなると話がまた印欧語(ペルシャ語は歴とした印欧語でありインド・イラニアン諸語・サテム語派の代表の一つ)に戻ってくる。というわけで古イラン語の想定語根にまで遡れて、その形は *qvyaka-、ここでの意味も「腹子」つまり「魚卵」である。

この古イラン語の語根に対応するのが、インド・ヨーロッパ祖語なら *owyo-, *oyyo- という形だとウィキペディアの「キャビア」の項にある。

おや、ここまで遡ったらよく知った形が出てきたではないか。 語頭の喉音や長音符を略さず書けば上の語根は *hōwyóm と表記される。古典ギリシャ語では ᾠόν「オーイオン」、ラテン語で ovum「オウゥム」、ペルシャ語では خایه「ハーヤ」といった形に顕現した、諸国語の基礎語のあれではないか。英語に egg、フランス語に œuf、ドイツ語に Ei というあれである。そうか温泉卵を「温泉キャビアー」と言っても許されるということか。

何のことはない、フランス語 caviar と œuf は元を辿れば同語源だった。

いや、いかん話はキャビアではない、イクラーの方であった。もうなにがイクラーだか、キャビアーだか、温泉卵ーだか判らなくなってきた。 でも鮨屋でイクラの軍艦巻きを頼んだら、キャビアが載ったのが出てきて「10万円」とか請求されたら目が飛び出るな。上の段の話は鮨屋を経営している知り合いには内緒ということでひとつ。

それどころかおでん屋で卵ひとつと頼んだら、アイスペールに氷を満たしてキャビアの瓶詰めが載って出てくるなんてことも有り得ないことではないわけだ。サービス料込みでイクラーになることやら。さらっと駄洒落を言ってしまった、しかも誰でも思いつくやつを。こういうことが出来るようになるとは、私にも順調に「おやじ力」が付いてきている。さらに精進したい。

話戻って「イクラーはロシア語だった」という件である。ほかにロシア語だということが忘れられている語と言えば「セイウチ」。これは食べ物ではないか。いや、これを食べている人たちも北極圏にはいる。

アイヌ語

「シシャモ」がアイヌ語(「柳の葉」の意とされる)だいうことは有名だが、ほかに「コマイ(小型の鱈の干物)」や「ホッキ(貝)」がアイヌ語源である。 「ルイベ」もアイヌ語。 あとアイヌ語だということが忘れられている語彙と言えば、食品を離れるが、「オットセイ」や「トナカイ」に「ラッコ」。

トウィ語って御存じですか

ガーナ共和国で使われているトウィ語という言語がある。 この言語を知らないひとでもトウィ語由来の単語を一つは知っている。OED によればガーナの都市 Accra < nkran に由来するという。オクラのことである。映画「インターステラー」の影響か、「オクラ」は「英語である」とするツィート(など)をしばしば見かけるが、「英語にも」入っているというだけのこと。 今回は食べ物関連の語源蘊蓄を大放出してしまった。まさにオクラ出しである。(精進!)

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