rémunératoire「報酬的な意味合いの」という形容詞がある。逆転ホームラン的な力を持つ不思議な単語である。
例えば sanction という言葉は通常は「懲罰」とか「処分」といった消極的な意味で使われるが、sanction rémunératoire という具合に上の形容詞を付けると「褒賞」という意味になるというのである。ちょっと意外の感がある。語義の逆転が生じている。
しかし「報酬的な意味合いの懲罰」とは具体的にはどういうものなのだろうか、想像がつかない。
いずれにしても rémunératoire を付ければあらゆるものごとを「報酬的な意味」に、つまりは積極的な意味に転換することが出来るのだ。たとえば類似の言葉として「良い意味で」という言い回しが思い浮かぶ。
「あなたは本当にお気楽ね。良い意味で」などと使うのが卑近な例であるが、もちろん濫用すれば逆転力の効力も及ばなくなる。「お嬢様はアホでございますか。良い意味で」という具合である。いや、この場面がすごく好きなんで挙げましたが。
それにしても rémunératoire という言葉の「逆転力」とでもいったものへの期待が高まる。大概の悪口、大概の蛮行は rémunératoire を付加することで褒賞の行為に転じることが出来るのではないか。
そういうわけで考えてみた。
- insulte rémunératoire「報酬的な意味合いの侮辱」というのはどうだろう。なんだか「酷いことを言われて、かえって喜んでいる人」が思い浮かぶが、実際にいますよね、そういう人。
- claque rémunératoire「報酬的な意味合いのビンタ」というのはどうだろうか。いますよね、はたかれて咄嗟にお礼を言ってしまうような人。
- fouet rémunératoire「報酬的な意味合いの鞭打ち」というのはどうだろうか。いますよね、鞭打たれて歓喜の涙を流してしまう人。
- abandon rémunératoire「報酬的な意味合いの放置」というのはどうだろうか。やっぱりいますよね、かなり高度な段階になりますが、放置されて寂しさに鼻を啜りながらも随喜に咽んでしまう人。
……なんだか先ほどから、とある特殊業界の人しか思い浮かばないんだけど、どういうことなのだろうか。rémunératoire という単語はこの業界の専有物なんじゃないかという気がしてきた。そうか「報酬的な意味合いの懲罰」って、もしかしてそういうことなのか?
と言った舌の根も乾かぬうちになんだが、もうひとつ rémunératoire が力を振るう業界を思いついた。
そう、やおい・BLの界隈ではもともと「この業界では『御褒美』と『お仕置き』は同じもの」と言い習わされているのである。「御褒美」と「お仕置き」が等価であるという認識に、なるほど「業界」の奥深さを感じてしまうのだが、上の文脈で見てくると「やおい・BL業界では、あらゆる蛮行が rémunératoire である」ということになりはしないか。
やおい・BL業界もまた rémunérationnisme の最右翼に位置していた。しかしBL業界は虐待嗜好業界と一脈通ずる点があるということだろうか。BLの本質は被虐愛にいかに重なるのか。
やはり業界の闇は深い、いや、良い意味で。